温泉+湯治 夏の疲れに栃尾又温泉 自在館 朝食は絶…|白黒の味わい伝える路上カメラマン レンズは江戸時代製|カリスマ霊能者が迫った 平将門の怨霊伝説|他

温泉+湯治 夏の疲れに栃尾又温泉「自在館」、朝食は絶品「ラジウム納豆」

2019/09/10 11:17
栃尾又温泉の始まりは奈良時代といわれ、古い文献にも湯治のことが書かれています。泉質はラドンを含む単純放射能温泉で、細胞を活性化して免疫力を刺激し、自律神経を整える温泉です。pH8.6のアルカリ性、源泉温度は約36度で、体温とほぼ同じ温度のままかけ流しにした湯船に入ります。ぬる湯の温泉に長時間つかるのが栃尾又流の伝統的入浴法で、この癒やしを求めて、何度も湯治に訪れる人が多いのです。
大浴場「霊泉の湯」は共同湯にもなっていて、栃尾又温泉にある3軒の宿のゲストが皆、入りに来ます。したの湯、うえの湯、おくの湯と三つあり、男女日替わりで利用します。今日は幸せなことに、最も歴史あるしたの湯が女湯でした。階段を何段も下って渓流の源泉に近い、したの湯に向かいます。
湯船の縁に並ぶ不ぞろいの石からお気に入りを探して頭をのせ、ぼーッと脱力。魅惑のぬる湯に入っていると、次第にお湯と自分の体の境目がわからなくなって、無重力の宇宙空間にいるような気持ちに。気が付くと、うとうととしていました。いったい、どれだけの時間が過ぎていったのか、時空を超えたかのように、心も体も無の境地といった感じ。「これは、温泉の座禅だ」と、思いました。周りを見ると、外の緑をぼんやり眺める人、本を読む人、湯の中で居眠りする人など、みんな、静かに自由にくつろいでいます。加温した熱めの温泉もあるので、寒くな……

白黒の味わい伝える路上カメラマン レンズは江戸時代製

2019/09/10 11:12
 週末になると、福岡・天神の路上に出没する謎めいたカメラマンがいる。木製の機材を三脚に据え、道行く人に「江戸時代のレンズをテスト中」とアピール。足を止めた人には無料で撮影し、写真を進呈する。なぜ、そこまでしてくれるのか。
 多くの人でにぎわう週末の天神に通い始めて1年半。横浜市から福岡市へ単身赴任中の半導体関連会社員岸本陸一さん(61)は、骨董(こっとう)品クラスの愛機とともに午後になると新天町商店街かいわいに立つ。
 「写真、ただで撮ってもらえるんですか」「本当に江戸時代のレンズなんですか」。恐る恐る話しかける若者や遠巻きに様子を見るカップル、積極的にカメラをのぞき込む家族連れなど反応はさまざま。多いときで1日20組ほどの写真を撮る。「結構忙しいんですよ」
 おしゃべりを楽しみながらカメ…

カリスマ霊能者が迫った「平将門の怨霊伝説」

2019/09/10 11:00
カリスマ霊能者・山口彩氏(59)が令和ニッポンに解き放つ“心霊シリーズ”。前回、平成最大の未解決事件「世田谷一家殺人事件」(2000年)を霊視した本紙記事(4月30日 ...

イタリアと長野・上田、江戸時代から紡いだ「縁」とは ラグビーW杯キャンプ地

2019/09/10 10:37
 「こんな信州の小さな町から、イタリアに渡った蚕種商人がいたんです。同じ頃、良質の蚕種を求めて上田に来たイタリアの蚕種商人もいたんですよ」
 市中心部にあるジュエリーショップ「ヤジマ」(同市中央2)の一角で、店主の矢島万記子さん(68)は、さまざまな資料を広げながら教えてくれた。
 万記子さんは、上田の経済基盤を作った蚕糸業の歴史研究をライフワークとしている。2015年に亡くなった兄の好高さんと長年研究を重ね、資料収集にも励んできた。
 万記子さんによると、上田地方は江戸時代から、蚕種(蚕の卵)を生産する「蚕種業」、蚕を育てる「養蚕業」、繭から生糸を作る「製糸業」の3業種を合わせた「蚕糸業」が盛んだった。生糸は昭和初期にかけて日本の輸出の主力商品で、一大産地だった上田は「信州の横浜」と呼ばれるほど経済発展した。
 上田とイタリアのつながりが生まれたのは幕末の1855年ごろとされる。養蚕地帯のイタリアやフランスで、蚕の病気「微粒子病」が流行し、生糸の生産量が5分の1に減る壊滅的な被害が出た。生糸を作るには、優良な蚕種が欠かせない。イタリアの商人は、上田から蚕種を輸入して難局を乗り切り、上田はヨーロッパへの主要な供給地となった。
 上田からイタリアへ渡った日本人もいる。三吉米熊(1860~1927……

美少女テーマの企画展が台湾で公表/県美協力 by 陸奥新報

2019/09/10 09:56
 2014年に県立美術館で開催された、美少女をテーマに多様な日本の芸術を網羅した企画展「美少女の美術史」が、台湾・台北市の北師美術館で開かれている。江戸時代から現代までの美少女に対する捉え方や価値観、社会的背景の変遷を多角的視点で探るもので、奈良美智(弘前市出身)ら表現者が示す日本文化は、台北でも高い関心を集めている。
 作品は絵画、彫刻、挿絵、漫画、アニメ画、フィギュア、映像作品など多岐にわたる。アーティスト約60人による200点超を展示しており、コンセプトは同じだが展示内容は日本での開催とやや異なる。県美からの約20点を含む日本国内30以上の美術館から作品を借り受け、開催に当たり新たに制作された日台アーティストの合作もある。
 同展は8月24日に開幕し、11月24日まで。開幕前日に行われたセレモニーには県美の杉本康雄館長も出席。あいさつでは、同展を契機に定期便を利用した来県にも期待を寄せた。

「安口」なんて読む? 正解は「大山椒魚」に由来 かつては井戸で飼う風習も

2019/09/10 09:05
「山椒の匂いはしない」 地方によって異なる呼び名写真・市内の河川で地元高校生が生物調査をしていた際、姿を現したオオサンショウウオ 「オオサンショウウオ」という名前の由来には諸説あるが、頭部を中心に体表にぼこぼことした「いぼ」があり、「山椒の樹皮と似ている」とか、「山椒の匂いを発するから」などとされ、漢字では「大山椒魚」と書く。野外でオオサンショウウオを何度か観察したことのある地元の自然愛好者によると、「独特の匂いはあったが、決して山椒の匂いではなかった」そう。
 方言研究家・虫明吉治郎氏や、NPO法人日本ハンザキ研究所の池上優一研究員の論文や冊子によると、山椒の古語は「ハジカミ」で、オオサンショウウオは「ハジカミのような魚」として、平安時代の文献には、「ハジカミイヲ(ハジカミウオ)」と書かれている。
 また、地方ごとに、▽アンコウ、アンコ=兵庫県の南但馬から岡山県北東部▽ハンザキ=岡山県北部の中国山地沿いに広島県東部までと、島根県西部▽ハンザケ=鳥取県から島根県中東部▽ハダカス=岡山県北東部、兵庫県丹波篠山から京都府にかけて▽ハジックイ=奈良・三重・滋賀の県境界部―と呼び名が違う。
アンコウからハダカスへ 元伊勢参りが起因か写真・その昔、オオサンショウウオが多数生息していたとされる「安口南谷川」=2019年9月1日午後3時47分、兵庫県丹波篠山……

対馬と韓国人観光客

2019/09/10 09:01
長崎県の離島・対馬。飛鳥時代に白村江(はくすきのえ)の戦いで防衛のための狼煙台や防人が配備された島だ。島のほとんどが山で、平地はほとんどないという島だ。対馬市の発表によると2018年の同市への韓国人観光客数は40万9882人で、対前年比約5万4千人増と7年連続で過去最多を記録した。
数年前に対馬を取材で訪れたが、港は韓国人観光客ばかりで、圧倒されたことを思い出す。その対馬が“反日”のヒートアップで韓国・釜山とを結ぶフェリーが運休、対馬の観光業が大きな打撃を受けている。日本よりも釜山からの方が近いという地の利が韓国人にとっての手軽な訪日旅行だったのだろう。歴史があり、平地は少ないがゆえに多様性に富む食や文化を生み出してきた。それが対馬ならではの魅力であり、韓国人にも身近な海外旅行として支持を得てきたのだろう。
それが、政府間の対立に端を発した反日や自粛ムードをもろに受け、韓国人観光客が激減したのは気の毒でもある。
しかし、規模の大小はあるにせよ、特定の国から、もしくは市場から集客を頼る構造になってしまうと、いつ対馬のようになるかもしれない。改めて観光は“全方位外交”を基本に、多様性を担保しなければならないと改めて思う。
(トラベルニュースat 19年9月10日号)

上野国分尼寺跡で礎石発見 回廊の規模・構造判明:群馬(TOKYO Web)

2019/09/10 08:01
 回廊は屋根のある廊下で金堂とつながり、寺院の重要な部分を囲んで配置された。梁間(はりま)(横方向の柱の間隔)が四・二メートル、桁行(けたゆき)(縦方向の柱の間隔)三・〇メートルで、東西五十四メートル、南北四十二メートルを巡る。回廊跡西側で多量の瓦が出土。しっくいのかけらも見つかったことなどから、回廊はしっくいを用いた白壁に朱色の柱だったと推定される。

「鈴木」の和歌山・海南と「佐藤」の栃木・佐野が連携

2019/09/10 07:11
 日本人の中で最も多い名字の「佐藤」姓ゆかりの地・栃木県佐野市のキャラクター「さのまる」が9日、2番目に多い「鈴木」姓の発祥地・和歌山県海南市を訪れ、キャラクター「海ニャン」と面会。名字ゆかりの地同士で連携し、地域活性化につなげていくことを確認した。
 佐野市は平安時代、平将門の乱の平定に功績をあげた藤原秀郷(ひでさと)が城を構え、「佐野の藤原」として佐藤姓ゆかりの地とされる。市では「佐藤さんゆかりの地」の地域再生計画が8月に内閣府に認められており、PR活動を強化している。
 この日は、佐野市の職員らが、すでに鈴木姓の発祥地「鈴木屋敷」の復元事業などに取り組んでいる海南市を訪問。岡部正英・佐野市長の親書を神出政巳・海南市長に手渡した。
 会場では、佐野市のさのまるが乱入し、市の魅力や歴史を紹介。すると、海南市の海ニャンも負けじと、鈴木姓にちなんだ市の取り組みなどを披露し、応戦した。一時は緊迫したものの、最後は抱き合って和解。両市の発展に向けて協力することを誓い合った。
 神出市長は「全国の佐藤さん、鈴木さんを、それぞれの地域の応援団にするため両市がタッグを組んで知恵を出し合い、大きな成果を出していきたい」と連携に期待していた。
 明治安田生命の平成30年の調査によると、佐藤姓は約194万人、鈴木姓は約182万人という。

上野国分寺跡で掘立柱塀柱穴など発見 県教委15日に説明会

2019/09/10 07:08
 県教育委員会は9日、国史跡「上野国分寺跡(こうずけこくぶんじあと)」(前橋市、高崎市)の発掘調査で、寺院を区画する施設の「掘立柱塀」の柱穴と、敷地の内側の溝である「内溝」を発見したと発表した。区画施設はこれまで「築垣(ついがき)」と呼ばれる土塀の存在しか分かっていなかった。県教委は15日に一般向けの現地説明会を開く。
 県教委によると、上野国分寺は奈良時代の天平13(741)年に聖武天皇が発した「国分寺建立の詔(みことのり)」により建立。敷地は東西約220メートル、南北約235メートルにもなり、昭和~平成の2期にわたる発掘調査で、周囲が築垣で囲まれていたことが判明している。
 県教委は今年5~9月の発掘調査で、寺院を区画する施設として築垣以外に掘立柱塀を建てるための柱穴を新たに発見した。さらに内溝(幅3メートル、深さ1メートル)も見つかった。
 県教委はこれらが存在した時期から、「区画施設として掘立柱塀が短期間利用された後、築垣に取って代わられた。築垣が壊れた後は溝が使われるようになった」と説明。今回の発見で区画施設の変遷が鮮明になったとしている。
 また、築垣を造る土砂を採取するための「土採り穴」や、基礎である「基部」も発見された。

古墳時代の日韓交流探る 下関で古代史シンポ

2019/09/10 07:05
 古墳時代の日韓交流を考える「古代史シンポジウムinしものせき」が、山口県下関市の海峡メッセ下関で開かれた。6回目となる今回は、朝鮮半島と九州に残された横穴墓の比較を中心に、研究者らが講演やパネルディスカッションをした。
 熊本県宇土市教委の藤本貴仁氏は、韓国・公州市の丹芝里遺跡にある5~6世紀の横穴墓の調査結果を発表し、「百済に渡った北部九州の倭人の墓という見解が有力だ」と述べた。
 同市には、百済の都があった。藤本氏は、構造などから北部九州に由来すると考えられる一方で、一部にそもそもの作り方が異なる点もあると指摘した。「南部九州の横穴墓の造り方を熟知した人間が関わった可能性もある」と説明した。
 NPO法人「人類学研究機構」の松下孝幸氏らは、両国の横穴墓から出土した人骨の研究を続けている。「人骨のDNA分析を進めてデータを蓄積すれば、古墳時代の日韓交流がより明確になる」と訴えた。

発掘作業に専門家注目 国内最古の埋葬人骨出土 居家以岩陰遺跡

2019/09/10 06:00
 国内最古級となる約8300年前の埋葬人骨が見つかった縄文時代の居家以(いやい)岩陰遺跡(群馬県長野原町)が、考古学関係者の注目を集めている。遺跡からは人骨20体以上が見つかっているが、DNA分析が可能なほど状態は良好。考古学や形質人類学などの専門家が横断的な組織をつくり、縄文人の起源や埋葬習俗の解明に取り組んでいる。
 遺跡は「岩陰」の名称通り、張り出した岩盤下のくぼみにある。縄文時代は岩陰や洞窟が生活空間として利用されており、同遺跡からは身近な場所に遺体を埋め、死者とのつながりを大事にしたことがうかがえる。
■DNA分析
 2014年から国学院大を中心とした調査団(団長・谷口康浩国学院大教授)が発掘。今年も8月下旬から約1カ月の日程で現地入りし、地中にある約7体を精密な測量で記録している。東京大大学院の近藤修准教授(形質人類学)は「人骨の特徴やDNAを調べることで、日本人の成り立ちが分かるかもしれない」と期待を寄せる。
 年代測定を終えた8体のうち、5体が約8000年前の縄文時代早期、残る3体は約6000年前の同時代前期の人骨だった。
 20~40歳とみられる女性の人骨は上半身と下半身が腰で切断され、骨盤の上に頭骨がのった状態で見つかった。これは縄文時代にみられた手足を折り曲げて葬る「屈葬」と異なり、特殊な埋葬法があった可能性を……

古民家でミライ戦略 老舗企業の挑戦

2019/09/10 05:00
働く人に役立つプラスαな考え方に注目する「αism」。

会議室ではなく、古民家から生まれる経営戦略とは。

観光地としても人気が高い、谷中銀座商店街。

近くの路地を入ったところに、大正時代に建てられた1軒の古民家がある。

軒先には「未来定番研究所」の文字。

実はここ、ある老舗企業のオフィスだという。

訪ねてみると、まず目に入ってきたのは、古い道具が並んだ土間。

その奥には、ちゃぶ台が置かれた和室。

そして、手入れの行き届いた小さな庭。

2階に上がると、そこにはパソコンが置かれ、数名のスタッフが働いていた。

大丸松坂屋……

【おとなの信州探訪】極上の肉を味わう旅に出よう! 信州“お肉”大図鑑

2019/09/10 00:57
虫は主に伊那谷地方で食べられていたもので、右から絹かいこ(カイコ蛾のさなぎ)、はちの子、いなご(いずれも煮付け。写真は盛り合わせだが先に紹介した『一歩』では単品で550円、はちの子は650円)。
珍味だが、酒のつまみにももってこいで、苦手でなければ是非とも試してほしい。
絹かいこは桑の葉の風味なのか、葉の香りと言える苦みが特徴。はちの子は多少パサパサした食感で、ほんのり甘い。
いなごは柔らかい小エビの唐揚げを食べているような食感で、味に特徴はない。
この他にザザ虫(水棲昆虫の幼虫)も有名だ。

回廊跡の規模や構造が判明 高崎の上野国分尼寺跡で市教委 上毛新聞

2019/09/10 00:00
 奈良時代に創建された群馬県の上野国分尼寺跡(高崎市東国分町)の発掘調査で、市教委は9日、主要建物があった伽藍(がらん)地を囲む回廊跡の北西部が見つかったと発表した。これまでに南東部などが見つかってい ...