連結した山城 特定/青森・内真部|AIで古文書を読む 埋もれた情報を発掘|徳川大名行列の再現 予算の都合でたった10人:イザ!|他

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「連結した山城」特定/青森・内真部

2019/10/18 11:47
 青森市奥内に広がる内真部(うちまんぺ)城館群は草木で覆われ、重機で削られている箇所が一部にあるものの、壕道(ごうみち)(堀道)や周壕(しゅうごう)、曲輪(くるわ)(陣地)など鎌倉時代に造られたとみら ...

AIで古文書を読む 埋もれた情報を発掘

2019/10/18 11:27
 人工知能(AI)の技術を使って古文書などに書かれた難読の「くずし字」を解読する試みが、学術界で広がっている。AIが解読を支援したり、自動で漢字やひらがなに変換したりするシステムが開発され、これまで未解読のままだった膨大な歴史史料がより容易に解析できるように。専門家は「解読できないが故に眠ったままになっている情報が掘り起こされ、さまざまな研究の後押しにつながるのでは」と期待を寄せている。(桑村大)
■パズル感覚で解読
 江戸時代以前に書かれた古典籍の多くは、漢字やひらがなを大きく崩した文字が多用されており、これがくずし字と呼ばれる。日本の歴史・文化研究では、これらを解読して現代の文字に書き改める翻刻作業が不可欠だが、くずし字を正確に読める専門家はわずかで、今までに翻刻された史料もごく一部に過ぎない。専門家が膨大な史料を手作業で書き起こすには時間もコストもかかり現実的ではない。
 より容易な翻刻作業の実現を目指して着目されたのが、近年、画像分析の分野で飛躍的に発展しているAIの導入だった。
 今年5月には、立命館大アート・リサーチセンター(ARC)と凸版印刷の研究チームが、AIの支援を受けながらくずし字を読み解くことができるシステムを開発したと発表した。
 システムは、ARCがデジタルデータ化して一般公開している古典籍や浮世絵など計3……

徳川大名行列の再現、予算の都合でたった10人:イザ!

2019/10/18 11:23
 第8代将軍・徳川吉宗を出した紀州徳川家。その大名行列の再現を和歌山市が令和3年夏、和歌山城北側の市中心部のメインストリートで計画している。11代藩主・徳川斉順(なりゆき)(1801~46年)の大名行列を参考にするが、江戸時代の行列図に描かれた総勢は約730人。それに対し計画中の大名行列は10人程度という。市は「予算の都合もあり精いっぱい」というが、市民からは「紀州徳川家の威光が陰る」と困惑の声も聞かれる。
 徳川家康の十男、頼宣(よりのぶ)(1602~71年)が元和5(1619)年に駿府(すんぷ)(静岡)から和歌山城に入城して今年で400年。市内では紀州徳川家をアピールする企画展などがめじろ押しだが、特に市が力を入れるのが大名行列の再現だ。
 市は、文化庁が今年度から始めた補助事業「リビング・ヒストリー(生きた歴史体感)促進事業」に応募し、採択された。文化財や史跡を活用し、歴史的な行事や風俗を再現したり体感したりする事業で、総事業費約1500万円のうち65%を補助でまかなう。
 計画では、今年度で具体的な概要をまとめ、来年度は藩主役が乗る大名駕籠(かご)を制作し、令和3年8月に実施。再現にあたっては、江戸時代に描かれた絵巻物が残る斉順の大名行列を参考にする。
 絵巻物は「紀伊公岡崎駅御通行行列図巻」(市立博物館所蔵)といい、藩主や警護の……

京都初出店!はにわ×プリン、1500年目の運命の出会い!「はにわぷりん」が京都マルイに登場!

2019/10/18 10:25
京都初出店!はにわ×プリン、1500年目の運命の出会い!「はにわぷりん」が京都マルイに登場!  時事通信

葺き石積み上げ、児童が復元作業 掛川・吉岡大塚古墳 /静岡

2019/10/18 10:18
 掛川市が復元に取り組む吉岡大塚古墳(国指定史跡)で17日、小学生が墳丘斜面に置く葺(ふ)き石の積み上げ作業を体験した。市立和田岡小学校の5、6年生53人が参加した。
 子どもたちは市職員らの注意を聞いた後、近くの原野谷川から昨年同小児童らが運んで、古墳横に保管してあった石の山の中から気に入った石を選び出し墳丘に運んだ。この後工事…

戦国から幕末 射水は 新湊博物館 文化財など68点展示

2019/10/18 10:15
 学芸員の野積正吉(のづみまさよし)さん(58)は「幅広く紹介しているので、歴史に興味を持つきっかけになれば」とはなしている。火曜定休。祝日の十月二十二日は開館し、翌二十三日に休館する。入館料は一般三百十円、六十五歳以上と障害者は百五十円。中学生以下は無料。(小寺香菜子)

軍事パレードの威力絶大「米中貿易戦争」の勝者は中国か

2019/10/18 09:26
軍事パレードの威力絶大「米中貿易戦争」の勝者は中国か  ニフティニュース

こふんまち羽曳野・藤井寺 ガイド付き古墳ツアー、2019年11月2日(土)開催!

2019/10/18 09:16
関連する記事 「アニマル ハーモニー大阪のつどい2019」9月22日(日)に羽曳野市の大阪府動物愛護管理センターで開催 2019.08.27 「アニマルハーモニー大阪のつどい2019 […][…]
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はつらつママさんバレーボールin羽曳野が5月12日に開催!ドリームチームのメンバーがすごい! ……

国宝を特別公開 興福寺南円堂、北円堂/来月10日まで

2019/10/18 09:13
 奈良市登大路町の興福寺で17日、南円堂(重文)と北円堂(国宝)の国宝特別公開が始まった。同時公開は6年ぶり。鎌倉時代の仏師運慶と父、康慶(こうけい)作の仏像を公開し、初日から多くの参拝者が訪れた。1 ...

聖武天皇や正倉院宝物 あすから天平大菊人形

2019/10/18 09:09
 秋の観光シーズンに合わせて「天平大菊人形展」が19日から27日まで、奈良市登大路町の奈良公園バスターミナル屋上で開かれる。奈良時代における仏教伝来と定着がテーマで、東大寺大仏殿を望む好ロケーションの ...

講釈師、夕陽の中で喜ばれる 180度立場が変わるチャンス

2019/10/18 09:00
12年ほど前の南青時代、某放送局の旅番組で兵庫県朝来市、雲海の竹田城跡を映像に収めようという仕事でした。当時は駆け出しで右も左も分かりません。撮影の開始から失敗の連続で、お昼ご飯も食べることができずに現場スタッフの雰囲気は最悪です。「この講談師使えない」という視線を浴びながら、ロケの最高潮、竹田城跡から僕が鎧兜(厚紙ですが)を身に纏った戦国武将になりきって夕陽を浴びながら締めのコメントの撮影―。
ところが、もっとも夕陽が綺麗に見える場所に一人のおじさんが座り…。「すみません。NHKの番組の撮影で少し場所を移動を願います」。「何でワシが退かなアカンねん! NHKがなんぼのもんやねん!」と、えらい剣幕で一向に動こうとしません。現場の空気は鉛のようになりました。ディレクターは「ロケの運びが下手くそなお前が時間押したせいやからな」。睨みつけられ僕は針のむしろです。
さらにそのおじさんは、鎧兜姿の僕の恰好を見て「大体な、このタレントの身に付けてるのは、大鎧と言うて、平安時代の鎧や。竹田城が存在してた時代には、もうこんなもん着てへんねん。NHKやったらそこらへんも勉強せい。ほんまに…あれ?ひょっとして?旭堂南青さん?」…
(旭堂南龍=講談師)
(トラベルニュースat 2019年10月10日号)

【10月18日付編集日記】国のかじ取り:編集日記:福島民友新聞社 みんゆうNet

2019/10/18 08:41
 池波正太郎さんの時代小説に、五百川(いおがわ)という川の出てくる短編がある。江戸時代、藩存続のため苦悩し奔走する藩士を滋味深く描いた「疼痛(とうつう)二百両」である
 ▼主人公は、北国の某藩に仕える江戸留守居役52歳。彼の国元では、毎年のように五百川が氾濫する。郡山、本宮両市を流れる、阿武隈川の支流五(ご)百川(ひゃくがわ)を知る人は、かつてこの地を治めた二本松藩を連想するだろう
 ▼フィクションなのだが、財政難のために河川改修の莫大(ばくだい)な費用は「出したくても鼻血さえ出ぬ」と語られる背景が生々しい。確かにわが国では昔から、阿武隈川水系をはじめ各地で水害との闘いが続けられてきた
 ▼台風19号による甚大な被害からの復旧作業が、多くの人たちの手で続いている。犠牲者の中には、まさに復旧の作業中、濁流にのまれたとみられる方もいる。住む者一人一人によって、古里が守られている事実を改めて胸に刻まねばならない
 ▼そして、県内などの被災地を視察したわが国の首脳には、いっそう肝に銘じていただきたい。池波さんの小説では、某藩を危機に追いやった遠因は、国元の財政など省みない殿様の失政だった。地方の一人一人が古里を守るには、的確な国のかじ取りが必須だろう。

新かぶき彩時記>「盛綱陣屋」の首実検 真田幸村兄弟がモデル:伝統芸能(TOKYO Web)

2019/10/18 08:14
 佐々木家では、兄・盛綱は鎌倉方、弟・高綱は京方に分かれて戦っています。鎌倉方は徳川家、京方が豊臣家、佐々木盛綱は真田信幸、高綱は幸村がモデル。やむなく敵同士となっているものの、兄弟仲は良いという設定です。

「うちわ踊り」絶やさない 10/18に日高村の宇佐八幡宮

2019/10/18 08:10
復活10年 なお意気込み
 高知県高岡郡日高村本郷の宇佐八幡宮で18日、秋の大祭が行われる。一時期途絶えていた「花採(はなとり)踊り」が復活して今年で10年目。本番に向け、住民らが練習に熱を入れてきた。
 宇佐八幡宮で奉納される「花採踊り」は「うちわ踊り」とも呼ばれ、1メートル弱の大きなうちわをひらめかせて踊る。江戸時代に地域を苦しめた病を治めるため神社に祈願したことから始まったと伝えられる。
 これまで何度か途絶えていたが、9年前に有志が「今やらんと本当に分からんなる」と奮起。保存会を設立して36年ぶりに復活させて以降、毎年の奉納を続けている。...

忘れられた石は「高槻城石垣」と特定 大阪・槻の木高校事務長の河嶋憲治さん

2019/10/18 07:30
 「初めて見たときは、なぜこんなところに大きな石があるのかと思いました。ほかの事務職員や古くからいる教員にも聞いたんですが、それが何なのか分からなかった」
 大阪府立槻の木高校(高槻市城内町)事務長の河嶋憲治さん(59)は、校内の中庭にバラバラに置かれ、忘れられた存在になっていた7個の石が、実は江戸時代の高槻城本丸の石垣に使われたものであることを突き止めた。そして、歴史や地理を学ぶ地歴部員が地域住民と協力して校門そばに展示場をつくり、7個が整然と配置された。「高槻城本丸の石垣資料展示」という看板が設けられ、由来が一目で分かるようになった。
 さまざまな部署を経験した府職員だが、平成28年に同校事務長に着任。当初、石が気になっていたが、だれに聞いても分からないため、しばらくは関心が薄れていた。
 だが、約1年後、石職人が自作の印としてつけたとみられる刻印が目に入り、再び興味がわいた。「校内に何か記録はないだろうか」と思案。昨年5月から空いた時間に学校関係の資料が保存された「記念室」に通い、段ボール箱やロッカーを開けて手がかりを探った。1カ月ほどたった頃、前身の府立島上高校の昭和52年卒業生に関する冊子が出てきた。
 冊子には、50年の体育館建て替え工事で高槻城本丸の石垣が出土したことが記されていた。市立埋蔵文化財調査センター職員に尋ねると、……

2020年版JALアートカレンダーに松戸市立博物館所蔵の「幸田貝塚出土品縄文土器」が掲載されました!

2019/10/18 07:15
2020年版JALアートカレンダーに松戸市立博物館所蔵の「幸田貝塚出土品縄文土器」が掲載されました!  時事通信

» Blog Archive » 紀伊徳川家の名宝 県・市博物館初の共催展

2019/10/18 07:00
紀伊藩初代藩主・徳川頼宣(1602~71)の入国からことしで400年にあたることを記念する特別展「徳川頼宣と紀伊徳川家の名宝」が19日から、和歌山県和歌山市の県立博物館(吹上)と市立博物館(湊本町)で開かれる。一つの展覧会を2館で行う初の試みで、頼宣ゆかりの太刀や甲冑(かっちゅう)をはじめ、重要文化財9点を含む344点の貴重な文物が展示される。11月24日まで。
藩政の基礎を築いた頼宣が父・家康から譲り受けた品々「駿府御分物」、母・お万の方(養珠院)などゆかりの人物の所用品、紀伊徳川家ゆかりの寺社に残されている宝物、頼宣の家臣の家に伝来した資料などを紹介し、両館の共同調査の成果もふまえた展示となる。
県立博物館 主な展示品の一つは、頼宣が13歳の時に初陣の大坂の陣で着用した「縹糸威胴丸具足(はなだいとおどしどうまるぐそく)」(県指定文化財)。家康が頼宣の初陣のために作らせたとの伝承があり、具足とともに南蛮風の襞襟(ひだえり)や鎧下着、陣羽織が伝来しており、南蛮装飾を好んだ家康が、初陣の晴れ舞台での息子の活躍を祈る思いが感じられる。
「徳川頼宣守り本尊並内厨子(ならびにうちずし)」(焼津市指定文化財)は、駿河時代の頼宣が守り本尊にしたと伝えられる地蔵菩薩立像が、葵紋のある厨子内の蓮華座上に安置されている。像高は3・9㌢とごく小さく、所蔵する海蔵寺……

オカリナ演奏 来場者聞き入る 小松のまちカフェ3周年

2019/10/18 05:10
 かなんぼさんは同町の観音山のことで、かつては寺があり僧がいたとされる。地元ではかなんぼさんと呼ばれ、奈良時代の僧、泰澄大師が作った観音像があったと伝えられている。かなんぼさん店主の橋本信子さん(78)は「三周年を迎えられたことに感謝している。泰澄大師とゆかりがあるかなんぼさんをもっと広めたい」と話した。 (坂麻有)

与助尾根遺跡に落とし穴 茅野市教委が初確認

2019/10/18 05:10
 落とし穴は、底面に動物が身動きできないようにする棒を立てた小穴があり、壁が底面から真っすぐ立ち上がったのちに大きく広がっているのが特徴。四カ所とも検出面の形状は楕円または長楕円で、長辺は一メートル以上あるが、実際の穴の大きさは分かっていない。落とし穴一カ所の上に今回新たに発見された住居跡の床があることから、集落の形成前に掘られたとみられる。

福島・いわき市に延岡市が飲料水 台風19号

2019/10/18 05:00
 江戸時代、磐城平藩主だった内藤政樹が延岡藩主となった縁で、両市は「兄弟都市」として交流してきた。2013年には災害時相互応援協定を締結。いわき市は台風の影響で広域的な断水が続いていることから、協定に基づき延岡市に水の提供を求めた。
 輸送には同市のセンコー東九州車輌支店(殿村英彦支店長)がボランティアで協力し、貨物車を用意。市職員ら約50人が、ペットボトル入り箱を次々と積み込んだ。出発式で読谷山洋司市長が「延岡市民の気持ちを届けてほしい」と託した。
 現地には19日に到着する予定。

奈良)マルコ山古墳 「第二の飛鳥美人」の夢

2019/10/18 03:00
 近鉄飛鳥駅から徒歩20分、田園風景が広がる奈良県明日香村の丘陵に、小さな古墳がある。
 マルコ山古墳。直径約24メートルの古墳が全国の注目を集めたのは1978年だった。「あの頃は『飛鳥美人の夢を再び』と盛んに言われました」。案内してくれた北村憲彦さん(66)が懐かしそうに話す。当時、明日香村役場で文化財担当をしていた。
 72年、村内の高松塚古墳で、石室の壁に描かれた極彩色壁画「飛鳥美人」が見つかった。今も「考古学界の戦後最大の発見」と言われる出来事だ。
 その6年後、高松塚古墳と構造…

流転の道を歩んだ歌仙絵 京都国立博物館で100年ぶりに再会

2019/10/18 00:55
鎌倉時代の名品である《佐竹本三十六歌仙絵》。離ればなれとなった断簡を100年ぶりに集めた特別展『流転100年 佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美』が、11月24日(日)まで京都国立博物館で開かれている。
「歌仙絵」とは、歌人・藤原公任(966~1041)に選ばれた三十六人の優れた歌詠み人たち「歌仙」の肖像画のこと。鎌倉時代以降、数多く描かれた歌仙絵の中でも、旧秋田藩主・佐竹侯爵家に伝わった歌仙絵は、《佐竹本三十六歌仙絵》と呼ばれる。
かつて2 巻の絵巻物として伝わった《佐竹本三十六歌仙絵》は、その後売りに出され、大正8 年(1919)に当時の財界人たちが絵巻を一歌仙ずつ分割して共同購入。以降それぞれの歌仙絵は流転の道を歩むこととなった。今年2019年は、この《佐竹本三十六歌仙絵》が分割されて、ちょうど100年を迎える。
担当研究員の井並林太郎(京都国立博物館研究員)は「これまでも《佐竹本三十六歌仙絵》の展覧会は開かれているが、本展では過去最大となる31 件を公開しており、今後開かれないかもしれない」と語る。
さらに、分割する際に使った籤(くじ)やくじ引きの舞台となった建物である応挙館の襖(ふすま)といった当時を知るための資料、また、他の歌仙絵や異なる時代に描かれた三十六歌仙絵によって、幅広く作品について知ることができる。
第1章は、《佐竹……

鎌倉のとっておき 〈第71回〉 皇室ゆかりの鎌倉建造物及び史跡

2019/10/18 00:00
 鎌倉にある皇室ゆかりの建造物や史跡は明治32年造営後、関東大震災でほぼ全壊、その後、再建されることなく御成小学校に生まれ変わった御用邸などを除き、後醍醐天皇に関連したものが多い。

 鎌倉時代、源氏の将軍が3代で途絶えた後、お飾りの将軍として摂関家の子弟、次いで皇族から親王が招かれた。しかし、幕府滅亡の際に行方不明の最後の将軍、守邦親王を除き、いずれも力を持つ前に京都に送還され、そこが終焉の地となったため、鎌倉には鎌倉時代の親王将軍の墓はない。

 幕府が滅亡し、東光寺に幽閉された後、足利直義の命で殺された後醍醐天皇皇子護良親王。墓は鎌倉宮横の理智光寺跡の高台にあるが、この菩提を弔うため、同寺を管理していた東慶寺の住持となったのが、後醍醐天皇の皇女、即ち護良親王の妹、五世用堂尼だった。用堂尼の墓は東慶寺奥の階段上のやぐらの中にあり、開山の北条時宗夫人覚山尼の墓と並んで格高に弔われている。鎌倉では後醍醐天皇の皇子と皇女のこの2つの墓だけが宮内庁管轄となっている。

 明治新政府が南朝復権を進める中、天皇勅命により鎌倉に建立した建造物では、護良親王を祭神とした鎌倉宮(東光寺跡地)と倒幕前に、元弘の変で処刑された後醍醐天皇の側近、日野俊基を祀る葛原岡神社(処刑地跡地)と2つある。墓同様に、いずれも後醍醐天皇に関係するも……

後藤家が語る鎌倉彫の謎 31日に同人会講座

2019/10/18 00:00
 第15回鎌倉同人会講座が10月31日(木)に若宮大路沿いの鎌倉彫会館3階会議室(小町2の15の13)で開催される。
 さまざまなテーマの専門家らを講師に招き、好評を博している同講座。今回のテーマは「鎌倉彫―鎌倉の中世と現代をつなぐ―」。講師は、仏師の彫りと塗りの技術を生かした「鎌倉彫」の伝統を受け継いできた後藤家の第29代当主で、博古堂代表の後藤圭子さん。仏像・仏具から器や盆といった生活用品、作品としての鎌倉彫まで、現代に続く過程や魅力について語られる。昨秋、雪ノ下1丁目の発掘現場で、鎌倉時代の地層から発見された鎌倉彫の木片にまつわる「謎」についても解き明かされるという。時間は午後2時から4時まで。定員は先着60人(要予約)。参加費は一般1千円、会員は500円。
 問い合わせ・申し込みは同会事務局(銀の鈴社内)【電話】0467・61・1930へ。

毘沙門天立像が御開帳 神仏習合残る八雲神社

2019/10/18 00:00
 市内板戸の八雲神社境内の毘沙門天社で10月9日、毘沙門天祭が行われ、同社に祀られている毘沙門天立像の年に一度の御開帳が行われた。この日は神社総代ら30人ほどが参列。同社を兼務する宝珠院・小林隆昌住職によるお経があげられたあと、秋の実りに感謝を込めた直会が行われた。
 毘沙門天立像は、寛文8(1668)年に制作された木造。寄木造りで、玉眼の手法が施されている。高さ69cm、甲冑に身を固め右手に戟(げき)、左手に宝塔を持ち邪鬼の上に立つ。北方の守護神として金運財運の向上、無病息災、勝運などのご利益があるとして地域住民から親しまれてきた。
毘沙門天と八雲神社の関係
 同像はMIプラザの西側にあった毘沙門池の水辺の鎮守として、平安時代から祀られてきたことが、現在の毘沙門池公園内にある石碑に記されている。元禄元(1688)年、池の畔に祀られていた同像は、現在の八雲神社に移され、板戸村の氏神として「毘沙門天社」の名称で祀られるようになった。明治元(1868)年、維新政府発令の神仏判然令により廃仏毀釈運動が起こると、毘沙門天社は鎮守社としての役目を解かれた。その後、明治6(1873)年にそれまで村に祀られていた3つの神が合祀され、同社の建物が「八雲神社」として新たに村の鎮守になった。同像は、氏子組織による存続の願いにより、神社境内脇の毘沙門堂に祀られ、廃仏……

遺跡で味わう、汗をかく 七堂伽藍跡地などで体験イベント

2019/10/18 00:00
 寺尾橋近くの七堂伽藍跡地などで、10月6日に遺跡をテーマにした文化祭が開かれた。一帯には弥生時代の集落跡や国史跡指定の下寺尾官衙(かんが)遺跡群などがあり、地元有志が遺跡を活用しようと企画。昔の服を再現した「貫頭衣」姿で来場者を出迎えた。
 回転式の火おこし体験では歓声がおこり、茅ヶ崎で収穫した古代米の粥や、牛乳を煮詰めて作った古代の味覚「蘇(そ)」も振舞われた。