即位の礼に合わせて 天皇家の故郷 を観光したら 予想…|平等院鳳凰堂 じっくり建造?創建の7年前から建材伐採|昔の農機具体験して 吉野ケ里歴史公園でイベント|他

即位の礼に合わせて「天皇家の故郷」を観光したら、予想以上にカオスだった

2019/10/19 11:00
 ただ、神話はしばしば愛国のネタに使われる。神話観光で、神話と歴史が混ざってしまうリスクはないのだろうか。今回その実態を見に行くことにした。
神武天皇と史実が結びつく港町 まず向かったのは、県北・日向市の美々津である。美々津は、神武天皇が船出した地だ。『古事記』や『日本書紀』にその記述は見えないが、地元の伝承ではそうだとされている。
「そんな曖昧な……」と思うかもしれないが、神話観光は終始このノリなので、まず感覚を慣らさなければならない。地元の伝承。このマジックワードは、あらゆる困難を突破する。
「神武天皇御舟出の地 美々津」。そんな看板に迎えられながら、国道10号線より町中に入る。歴史ある港町の美々津には、腕の立つ船大工によって江戸時代や明治時代に立てられた立派な町家が幾つも残っており、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。

平等院鳳凰堂、じっくり建造?創建の7年前から建材伐採

2019/10/19 10:38
 世界遺産の平等院(京都府宇治市)鳳凰(ほうおう)堂について、修理の際に屋根から取り外して保管されていた古材の年輪年代を調べたところ、2点の伐採年が創建の7年前にあたる1046年と翌47年だったことが分かった。平等院が18日発表した。専門家は創建時の大屋根の実態を探る重要なデータとして注目する。
 平等院鳳凰堂は、平安時代に摂政・関白を務めた藤原頼通(よりみち、992~1074)が1053年に宇治に建てた。平等院によれば、伐採年が1046年と判明したのは明治時代の修理で外され、塔頭(たっちゅう)の浄土院に保管されていた長さ約5・6メートルの古材。奈良文化財研究所(奈良市、奈文研)客員研究員の光谷拓実(みつたにたくみ)さんが2016年、年輪幅の変動パターンをもとに年代を測定。樹皮直下の年輪が残っていたため、伐採年を特定できた。
 また、昭和の修理で外された屋根の部材1点についても1047年の伐採とわかった。樹種はいずれもヒノキと判明した。光谷さんは「当時は、ほかの寺などでは伐採後2、3年で使用しており、平等院が手間をかけてつくられたことが推測できる」と話す。
 1046年に伐採された古材は…

昔の農機具体験して 吉野ケ里歴史公園でイベント

2019/10/19 09:46
 昔の農機具を体験するイベントが19、20日に吉野ケ里歴史公園(神埼市郡)で開かれる。昔ながらの石臼を使い、大豆からきな粉作りなどに取り組む。参加は無料で、同公園の担当者は「秋の一日、家族連れで楽しんでみては」と多くの来場を呼び掛けている。
 イベントでは木製のきねや臼を使って、公園内で収穫されたコメを脱穀したりモミすりなどを体験してもらう。石臼でひいたきな粉はお土産として持ち帰ってもらう予定。弥生時代から連綿と続く稲作文化を感じてもらおうと、例年開いている。
 当日受け付けで、午前10時から午後3時まで先着200人。会場は公園内北側にある「古代植物館」。吉野ケ里歴史公園の入場料は大人460円、中学生以下は無料。問い合わせは同公園、電話0952(55)9333。

謎解き・スタンプラリーで“江戸の中心地”をめぐる 11月10日まで「東京まんなかまちあるき」

2019/10/19 09:31
江戸時代からの五街道の起点、東京・京橋―丸の内―東京駅―八重洲―日本橋エリアで11月10日まで、謎解き・スタンプラリーイベント「東京まんなかまちあるき」が開かれている。江戸時代をテーマにまちなかを散策、“江戸の中心地”の魅力に触れる。
KITTE丸の内テナント会、国分グループ本社、大丸松坂屋百貨店、東京ステーションシティ運営協議会、東京建物、東京地下鉄、日本橋高島屋S.C.、三井不動産、八重洲地下街が実行委員会を組織して開催。地域に賑わいを生もうとタッグを組んだ。
イベントに敷かれたシナリオは、江戸時代からタイムスリップして令和の世に来た料理人が江戸時代に戻るために、 参加者が料理人に代わって、謎解きやスタンプラリーの挑戦しようというもの。すべての謎を解くと先着3千人に限定クリアファイルをプレゼント。スタンプをすべて集めると、抽選で合計864人に江戸のごちそうチケット、 缶つまセット、 東京名所缶などが当たる。
参加は東京駅や八重洲地下街など9カ所で配布しているイベントの小冊子を入手してから。
また、期間中はエリア内の店舗で江戸時代の人気メニューを再現した特別メニューを限定販売。現代の寿司よりも4倍大きい「四倍寿司」や、東海道中膝栗毛にも登場した「たまごふわふわ」などが味わえる。

地中レーダー探査公開 富士市の前方後方墳「浅間古墳」

2019/10/19 08:56
 前方後方墳としては県内最大級とされる富士市の国指定史跡「浅間古墳」で地中レーダーによる探査が始まり、18日、報道機関や地元関係者に作業が公開された。同古墳の内部調査は初めて。10月末まで調査を行い、埋葬施設の有無などの調査結果は2019年度内に判明する予定。
 浅間古墳は、駿河湾を見渡す立地にある典型的な「海浜型前方後方墳」とされ、4世紀中頃に当たる古墳時代前期の後半に築造されたと考えられている。東西の長さ90・8メートルは県内最大規模で1957年に国指定史跡になった。97年に測量調査が行われたが、発掘調査は実施されず、詳しいことは分かっていない。
 地中レーダーによる調査は、埋葬施設の位置や形状を明らかにする狙い。他の古墳との比較により、詳しい築造時期や築造の背景を探る。
 この日は、測量会社の調査員が地中レーダーを使い、約1メートル幅で電磁波パルスを照射して進んでいった。この時期の古墳の多くで埋葬施設が設置されている後方墳部分で、モニターに物性の異なる場所を示す「ゆがみ」が表示され、来場者は画面に見入った。
 市文化財課の職員は「市内に分布する古墳群の調査は全国の研究者も注目している。浅間古墳を皮切りにさまざまな事実を明らかにしたい」と話した。

ラグビー海外選手の「お辞儀」に称賛! 日本の文化、お辞儀のルーツや意味とは?

2019/10/19 08:49
3世紀の中国の書物「魏志倭人伝」に登場Q.日本の「お辞儀」はどのようにして生まれ、根付いたのでしょうか。
齊木さん「日本におけるお辞儀の歴史は古く、3世紀に中国で書かれた『魏志倭人伝(ぎしわじんでん)』には既に記録が残っており、その一文に『倭人は貴人に合う際にひざまずいて頭を垂れる』と記されています。その後、飛鳥時代から奈良時代に中国の礼法を取り入れて、身分に応じたお辞儀の形が制定されました。これは、体の中で急所とされる首を差し出すことで、相手に対して敵意がないことを示す表現に由来しています。
平安時代の頃には、先例に基づき朝廷や公家、武家の行事や儀式を研究する学問『有職故実(ゆうそくこじつ)』が重んじられ、礼儀作法の流儀の家柄が複数生まれました。鎌倉・室町時代には、さまざまな意味でお辞儀が使われるようになります。『辞儀』の語源である『時宜』(物事を行うのにちょうどよい時機)の意味合いが希薄になり、『物事が成立するのにちょうどよい状況・事態』という意味に移行し、さらに『状況に対する考え方や気持ち、状況を見極めて対処する』ことを意味するようになりました。
お辞儀は、もともと庶民には浸透していなかった礼儀作法ですが、江戸時代には庶民も武家の作法をたしなむようになり、裕福な家庭では、娘を花嫁修業として武家へ見習いに出すなど、きちんとしたお辞儀の仕方や……

川根本町「徳山神楽」 地元小中学生、華やかに舞う

2019/10/19 08:39
避難所生活で中学生の役割は… 静岡・中島中、岡山県から学ぶ(2019/10/19 08:52)闇に浮かぶ家康、義元 静岡・日本平夢テラス、夜景サミット記念(2019/10/19 08:50)専門学校生がデザイン、オリジナル衣服を販売 静岡(2019/10/19 08:35)「ささま国際陶芸祭」島田で11月 博物館分室、盛り上げへ展示(2019/10/18 09:22)B3ベルテックス静岡、1日パトロール隊長 選手が子ども見守り(2019/10/18 09:22)あでやか「静岡舞妓」 静岡・葵区の繁華街がランウエーに(2019/10/18 09:20)「めぐるりアート静岡」19日開幕 彫刻家御宿さん、最終確認 (2019/10/18 09:17)病院建設現場に浮世絵風アート 島田工業高、美術部描く(2019/10/17 08:12)大正の電動貨車走行 静鉄、100周年記念フェスタ開催(2019/10/17 08:10)情熱的音色響く 静岡・清水区でコンサート(2019/10/17 08:07)静岡・清水区に職業能力開発短大、21年春開校(2019/10/17 08:06)ダビンチの思考、手稿から解説 静岡・葵区で講演会(2019/10/16 08:12)みこし渡御、華やか 大奴や屋台、道中彩る 島田大祭・最終日(2019/10/16 08:10)鮮やかな衣装再現、……

前時代の遺物

2019/10/19 08:04
前時代の遺物|愛媛新聞ONLINE  愛媛新聞

「古代のサウナ」地元民を癒やす 防府の東大寺別院阿弥陀寺

2019/10/19 07:00
 山口県防府市の東大寺別院阿弥陀寺に「古代のサウナ」と呼ばれる石風呂がある。800年前から伝わり、取り壊されたものを地元の有志が約40年前に復元。今では月に1度、火が入れられ、地域住民の疲れを癒やしている。
 阿弥陀寺は鎌倉時代の1188年、焼失した奈良の東大寺大仏殿の再建に必要な木材の調達に適していたことから、この地に建立された。石風呂は、材木の切り出し作業に従事した人の疲労回復のために造られたとされている。時期や理由は不明だが取り壊され、地元の有志が昭和56年に復元した。
 石風呂は石をまんじゅう形に積み上げ、赤土や粘土で外を塗り固めている。復元当初は週3日、火を入れていたが、利用者の減少で、今では料金300円で毎月第1日曜日(正午~午後7時)のみ、「営業」している。かつては20人ほどが入れるスペースがあったが、石の劣化による内部の補強で狭くなり、現在は7、8人で満員になる。
 10月の営業日は6日だった。午前6時ごろ、中に積んだ約20本のまきに点火し約4時間たき続けた後、燃えかすをかき出し、水をかけて温度を80度ほどに調整。近くの川で取ってきたショウブ科の薬草を床に敷き詰めて、むしろをかぶせると準備は完了だ。
 内部は高温で裸だとやけどをする恐れがある。服を着たまま毛布を頭からかぶり、座ったり寝転んだりする。正午すぎに「一番風呂」に……

天皇陛下の「即位の礼」 儀式で用いる「三種の神器」の歴史

2019/10/19 07:00
天皇陛下の「即位の礼」 儀式で用いる「三種の神器」の歴史  ニフティニュース

15歳のニュース:15歳のニュース 最古の写本発見 源氏物語の神髄「若紫」

2019/10/19 06:04
藤原定家が校訂  源氏物語は平安時代中期に紫式部(むらさきしきぶ)によって書かれた物語で、54帖から成る。主人公の光源氏(ひかるげんじ)、その子の薫(かおる)と女性たちの関わりなどを通じて貴族社会の人間像を描(えが)いている。手書きの写本で伝わり、日本文化に大きな影響を与(あた)えた。
 中でも「若紫」は源氏物語の「神髄(しんずい)」とも言われる有名な場面だ。光源氏は憧(あこが)れていた義母・藤壺(ふじつぼの)女御(にょうご)にそっくりの少女と出会い、引き取る。少女は後に源氏の終生(しゅうせい)の伴侶(はんりょ)、紫(むらさき)の上(うえ)となる。
新たな確認は80年ぶり  写本の発見は、定家らの古い書物を研究保存する京都市の冷泉家時雨亭文庫(れいぜいけしぐれていぶんこ)が8日に公表した。江戸時代(えどじだい)に大名だった大河内(おおこうち)家(東京都新宿(しんじゅく)区)で今年2月に見つかった。54帖のうち、定家の写本が確認されていたのは「花散里(はなちるさと)」「行幸(みゆき)」「柏木(かしわぎ)」「早蕨(さわらび)」の4帖(いずれも重要文化財)だけで、新たな帖の確認は昭和初期以来約80年ぶり。
 源氏物語の原本は早くから失われていたとみられ、物語はさまざまな写本で伝えられたが、間違(まちが)いなども多か……

15歳のニュース 今週のANなことKONなこと 栃木県佐野市と和歌山県海南市発…

2019/10/19 06:03
栃木県佐野市と和歌山県海南市発 「佐藤さん」「鈴木さん」のふるさと  日本人の名字で最も多い「佐藤」姓(せい)ゆかりの地とされる栃木県佐野(さの)市が、「佐藤さんのふるさと」として佐野市を聖地化するプロジェクトに乗り出している。日本人の名字第2位の「鈴木」姓の発祥(はっしょう)を押(お)し出(だ)す和歌山県海南(かいなん)市が、ふるさと納税などで成果を上げていることをお手本にしたようだ。
 大手生命保険会社が昨年8月に発表した調査によると、姓のトップは「佐藤」で推計約194万人、2番目は「鈴木」で推計約182万人。
 佐野市によると、平安時代、平将門(たいらのまさかど)の乱を鎮(しず)めた藤原秀郷(ふじわらのひでさと)が市内に居を構えており、「佐野の藤原」が佐藤のルーツとなったという説が有力という。一方、海南市には、代々(だいだい)神官を務めていた鈴木一族が移り住んだ「鈴木屋敷(すずきやしき)」があり、1998年以降、全国の鈴木さんを集めた「鈴木サミット」が過去7回開かれている。
 9月には佐野市のゆるキャラ「さのまる」が、海南市のゆるキャラ「海ニャン」を訪ねた=写真<左>。最初はどちらの姓に有名人が多いかを巡(めぐ)って火花を散らしたが、最後は協力を誓(ちか)って友情のハグをした。

徳仁天皇が、幼き日に読んで学んだ『カミサマノオハナシ』誕生秘話

2019/10/19 06:02
天皇陛下に差し出されたのは、四角い箱、細長い箱、小さな箱が二つ――。これらは、その前日に執り行われた「退位礼正殿の儀」で上皇陛下から新しい天皇陛下に譲渡された「三種の神器」である。
四角い箱に「璽(じ)」(勾玉)、細長い箱には「剣」、これに「鏡」が加わって、皇室の正統たる帝の証しであるとされ、皇位継承と同時に継承される。中央に置かれた小さな箱二つは、国事行為に使われる天皇の印「御璽」と国の印章「国璽」である。
「三種の神器」とは、「八咫鏡(やたのかがみ)」「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」を指し、「草薙剣」と「八尺瓊勾玉」を併せて「剣璽」という。「八咫鏡」は、宮中三殿の賢所(かしこどころ)におさめられている。
神器は、『古事記』『日本書紀』に登場し、いずれも神々が降臨したときに手にして、歴代天皇が継承してきたものである。
神器にまつわる物語、子どもの頃に読まれた方は、覚えているだろうか?
「鏡」のエピソードは、比較的知られているだろう。天照大御神(あまてらすおおみかみ)が天岩戸に隠れてしまい、世の中が光を失い闇が支配した際、神々が岩戸の外で神楽を舞うなどして天照大御神を外へと出すわけだが、少し岩戸から顔を出した天照大御神の気を惹いたのが「鏡」であった。天照大御神は、「自分より美しい女性がいる」ことに興……

疎開の村正の輝き再び 桑名宗社で特別公開

2019/10/19 05:09
 これらを日本の敗戦直前に疎開させたのが、桑名宗社の宮司不破義人さんの祖父で、七十四年前に神職を務めていた義幹さん。適切な管理ができなくなると予想し、刀身が空気に触れないよう漆を塗って近郊に住む知人に託した。社殿は六百人以上が犠牲となった桑名空襲で全焼したが、刀は生き延び、復興が進む境内へ帰還。一九七一年に市博物館の前身が開設されると、ほどなく寄託された。

児童 巨大ランタン作り 日田

2019/10/19 05:00
 ひょうたん工房日田(中島広泰代表)が制作・展示する4体のうちの一つで、ワイヤを張った型に和紙を貼り付け、同小近くの三隈川と跳びはねるアユを描いた。3段重ねで、直径1・5メートル、高さ3・8メートル。
 この日は、上から2段目と3段目が同小体育館に持ち込まれ、5、6年生48人が自分自身や友人の「笑顔」を染料で描いた。1段目は江戸時代後期の儒学者、広瀬淡窓像で、同工房が制作し完成させる。

恩赦、立ち直る意欲を高めるため? 奈良時代から続く

2019/10/19 04:40
テツの広場今こそ山陰新幹線が必要だ「これは一体何なんだ、ひどいじゃないの」。JR山陰線を使った私が改めて抱いた感想です。
らくらく精進料理まったく異なる食感 「こってりとさっぱり。味も見た目も対照的でおもしろい」。
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鹿児島)山城を訪ねて集める「城郭符」 地域振興に一役

2019/10/19 03:00
 お城ブームの対象は中世の山城にも広がり、天守閣のある城とは異なる独特の魅力に関心が集まっているという。鹿児島でも、山城のとりこになった女性が「かごしま城郭符普及協会」を発足させ、城を訪れた記念になる城郭符の発行を始めた。地域振興にも生かす狙いがあるという。
 中世の山城は平安時代末期から戦国時代末期までに築かれた城を指す。同協会の代表でイベント企画会社社長の本田静さん(37)=鹿児島市=によると、県内には841の山城がある。全国では2万~4万が確認されているといい、鹿児島の山城密度はかなり高い。
 山城が全国的に注目され始めたのは2000年代以降。戦国武将をモデルにした「戦国ゲーム」のヒットが火つけ役になった。本田さんは2016年のNHK大河ドラマ「真田丸」を挙げ、「上田城(長野県)や岩櫃(びつ)城(群馬県)などがフォーカスされ、素人の私でも面白いなあと思い始めた」。今年4月に同協会を立ち上げ、300人近い山城ファンが会員に名を連ねているという。
 本田さんは山城の魅力をこう話…