千葉真一 真剣佑&郷敦にハリウッド進出のノウハウ伝授|武士道と云うは 死ぬ事と見付けたり を現代に置きか…|奈良時代の門跡初確認 東大寺・東塔跡 創建時知る手が…|他

千葉真一 真剣佑&郷敦にハリウッド進出のノウハウ伝授

2019/11/07 22:18
 俳優の千葉真一(80)が7日、都内のホテルで「芸能生活60周年記念祝賀会」を開催した。
 千葉は「長い60年間、みなさんありがとう、とお礼をかねて。すてきないい映画屋さんと出会った。いい仲間、いい師匠と出会った。素晴らしい仲間がいたから」と60年を振り返った。
 会では長男の新田真剣佑(22)、次男の眞栄田郷敦(19)、長女の真瀬樹里(44)と一家が揃った。郷敦の演奏をバックに、千葉が歌うというコーナーもあった。
 真剣佑、郷敦とも俳優として売り出し中だ。千葉が芸能界入りを勧めたわけではないが、「入ったからには半端なことは許せねえよと。2世のタレントはたくさんいるけど、ニセモノになるなよ、と言い聞かせております」と明かした。
 芸能界で第一歩を踏み出したばかりの息子たちに伝えたいことは「長続きできる俳優になること」。そのために室町時代の能の大成者、世阿弥が書いた「風姿花伝」を「それだけはしっかり読みなさい」と伝えているとのことだ。
 千葉はハリウッド進出の先駆者的存在として日本の映画史に名を刻んでいる。息子たちも米国で育った。「2人とも向こう(米国)で育ったわけですから、向こうに出る(進出する)という気はいっぱい持っていますよ」。自分で体験したノウハウを息子たちに伝授するつもりだ。
 郷敦は「偉大な父だな、ということを感じて……

「武士道と云うは、死ぬ事と見付けたり」を現代に置きかえると、何になる?

2019/11/07 20:31
「武士道と云うは、死ぬ事と見付けたり」

『葉隠』(佐賀藩士・山本常朝著)に登場する有名な一節だ。武士道の神髄を示すものとして、多くの日本人が知る名文だろう。

同書は、江戸時代の中期に「戦をしなくなった武士が、どう生きるべきか」を考え、武士の道を定義したものだ。その後、日本独自の精神を世界に広げたのが、国際連盟の事務次長を務め、五千円札の肖像にもなった新渡戸稲造の『武士道』だ。

新渡戸は、ベルギーを訪問した際に「あなたがたの国の学校では、宗教教育がないのに、一体どのようにして子孫に道徳教育を授けるのか」と聞かれ、答えに窮し、愕然とする。人の道である教訓を、学校では習わなかったからだ。

その後、新渡戸は自らの善悪の基準をつくり出した要素を分析し、米カリフォルニアで療養している際に、英文で本書を執筆する。キリスト教徒である新渡戸が、日本神道や仏教、儒教の価値観をベースにまとめ、武士が消えた明治時代に「武士道の復活」を試みた。

今も多くの人に読み継がれているのは、新渡戸が病になり「死」を意識した状態から書き上げ、武士の死生観に迫ったためであろう。

しかし、それから時が経ち、武士すらイメージがしづらくなった現代で、「どのように武士道を生活スタイルに取り入れるべきか……

奈良時代の門跡初確認 東大寺・東塔跡 創建時知る手がかりに

2019/11/07 20:20
 文献では、東塔は高さ70~100メートルの巨大な七重塔と伝わり、塔を中心にロの字形の回廊で囲まれ、東西南北に門が設けられていたとされる。奈良時代に創建後、平家の南都焼き打ちで焼失して鎌倉時代に再建。南北朝時代の1362年に落雷で再び焼失した。
 調査では、奈良時代の東門跡とされる場所を発掘。その結果、柱を支えた礎石跡5カ所が見つかり、門の規模が確認された。再建された鎌倉時代の門の跡も見つかり、東西約5・4メートル、南北約11・7メートルと、奈良時代よりも一回り小さかったことも分かった。奈良時代の門に使われ、再建で再利用されたと考えられる礎石も見つかった。
 調査団長の鈴木嘉吉・元奈文研所長は「創建時と再建時の全体規模が分かってきたのは非常に大きな成果」とコメントした。
 発掘調査は2015年度から5カ年計画で実施。これまでの調査で、回廊は奈良時代には壁を挟んで2本の通路が並ぶ「複廊」だったが、鎌倉時代の再建で一部が「単廊」に変更されたことなどが分かっている。一般向けの現地説明会は10日午前10時~午後3時。問い合わせは東大寺境内史跡整備計画室(0742・22・5543)。【姜弘修】

東大寺・東塔の東門、鎌倉時代の再建時に縮小

2019/11/07 20:18
 世界遺産・東大寺(奈良市)の東塔院跡で奈良時代の創建時に設けられた東門の遺構などが出土し、同寺と奈良文化財研究所、橿原考古学研究所でつくる調査団が7日、発表した。同じ場所の上層からは鎌倉時代に東門が再建された際の遺構も出土し、規模が縮小されていたことも分かった。東塔院の全貌を知る上で貴重な発見という。
 東塔は四方に門が付いた回廊で囲まれていたとされる。今回は東門があったと想定される東塔本体の基壇の東側で、礎石があったとみられる抜き取り穴が出土した。一緒に出土した瓦などから奈良時代の東門の遺構とみられ、抜き取り穴などから規模は幅12・7メートル、奥行き7・1メートルと推定された。
 一方、この上層からも礎石や、通路の敷石とみられる切石が出土し、鎌倉時代に再建された東門のものと推定された。礎石は奈良時代に使われたものを再利用した可能性が高いという。礎石の位置などから規模は幅11・7メートル、奥行き5・4メートルとみられ、東門は奈良時代から縮小されて再建されたことが分かった。
 東大寺ではかつて大仏殿の東南、西南に東西両塔があり、東塔の高さは70~100メートルと推定。平氏の焼き打ちで焼失後、鎌倉時代に再建されたが、雷火で再び焼けたとされる。
 現地説明会は10日午前10時~午後3時に行われる。

復興へ 心をひとつに 常陸太田 「常陸秋そばフェスティバル里山フェア2019」開催のご案内 “常陸秋そば”発祥地で、…

2019/11/07 20:12
 茨城の秋の風物詩といえば「常陸秋そば」!茨城県常陸太田市では、全国のそば職人がつくる「常陸秋そば」を味わえる、常陸太田市最大のそば祭り「常陸秋そばフェスティバル里山フェア2019」を、11月9日(土)・10日(日)の期間、常陸太田市・山吹運動公園 駐車場にて開催いたします。イベント
 常陸秋そばは、茨城が全国に誇るブランド品種で、“香り”、“味わい”に優れ、通をも唸らせるほどの逸品です。その常陸秋そばが堪能できる「常陸秋そばフェスティバル里山フェア2019」では、食べ歩きコーナー(11店舗)や、新そばの実演販売やそば打ち体験教室を体験できます。また観光物産協会会員、市民団体等による飲食、物販コーナーも豊富で、秋の味覚を楽しめるほか、ステージイベントでは歌やダンス、太鼓などで会場を盛り上げます!
 常陸秋そばは石臼びきの十割そばや、二八そばで食べると、独特の香りやのど越しが引き立ち、格別です。また、そば粉をこねて作った「蕎麦がき」も美味です。そばは栄養価が高く消化率が優れているタンパク質が豊富に含まれています。中でも、高血圧や動脈硬化に効果のあるルチンを多量に含んでいます。江戸時代から庶民に愛された健康食品であり、消化が早いため、せっかちな江戸っ子たちのファストフードとしても普及しました。ぜひ、本場の常陸秋そばを満喫してください。
つきましては……

福島・いわき「白水阿弥陀堂」、例年通りライトアップ 被害から復旧、彩る紅葉

2019/11/07 20:11
福島・いわき「白水阿弥陀堂」、例年通りライトアップ 被害から復旧、彩る紅葉  時事通信ニュース

ニュース:古のロマンを求めて…建立800年記念「神谷神社」で国宝指定の本殿など一般公開 香川・坂出市

2019/11/07 18:15
 香川県坂出市の神谷神社で4日、国宝の本殿を始め、貴重な収蔵品が一般公開されました。
 鎌倉時代初期、1219年に建てられた本殿の建立800年を記念して開かれたものです。
 普段は境内の入り口に鍵がかけられ、なかなか間近で見られる機会が少ないため、この日は朝から一目見ようと
大勢の人が訪れていました。
 当時の建築様式を残した神社としては国内最古と言われ、1955年、国宝に指定されました。
 また、国の重要文化財「木造随身立像」も公開されました。
 本殿と同じ鎌倉初期の作品で、他には津山市の高野神社に残っているだけという貴重な木像です。
 特に、神谷神社の阿吽一対の像は、当時の名工の作とみられ芸術的評価も非常に高いそうです。
 これまでにロシアなど3か国で展示されたことはありますが、国の重要文化財に指定された1966年以降は地元でも関係者以外の目に触れたことはほとんどありませんでした。
 他にも、この日は獅子舞や尺八の演奏などが行われ、古のロマンを求めて集まった参拝客らで賑わっていました。
 先日、沖縄の首里城が焼失しましたが、神谷神社では毎月、地元消防団が放水銃などを点検しながら防火訓練を行うなどして、地域の宝を大切に守っています。