天皇と国民つなぐ祭祀 大嘗宮の儀 災害はらう 古代…|皇学館大学神道研究所助教の佐野真人さんが書籍出版 …|[TKU-NEWS 夕方 19.11.14 ] も…|他

天皇と国民つなぐ祭祀、大嘗宮の儀 「災害はらう」古代から継承

2019/11/14 22:23
 14日夜に始まった大嘗祭(だいじょうさい)の中心的儀式「大嘗宮(だいじょうきゅう)の儀」は皇位継承に際し、最も重要とされる儀式で、7世紀後半以降、中断を挟みながらも歴代天皇により継承されてきた。専門家は「天皇と国民をつなぐ祭り」「現代に通じる自然災害をはらう祈り」といった意義があると分析する。
 天皇陛下は即位した5月1日に「剣璽等承継(けんじとうしょうけい)の儀」で皇位継承の正統性を示し、10月22日の「即位礼正殿(せいでん)の儀」で即位を国内外に宣明された。しかし、皇室研究者で神道学者の高森明勅(あきのり)氏は、大嘗祭を除くこれらの皇位継承儀式に欠けるのが「民との接点」と指摘し、大嘗祭に際して納められる米に着目する。
 高森氏によると、時の天皇が臨む例年の「新嘗祭(にいなめさい)」では前近代の場合、都を取り巻く畿内(大和、山城、河内、和泉、摂津)の官田(かんでん)(天皇の田)の米が使われるのが原則だった。これに対し、平安時代に編集された法令集「延喜式(えんぎしき)」では、大嘗祭の米を「民の耕作する田」と規定。畿外の一般民衆の田が、亀の甲羅を使った占い「亀卜(きぼく)」によって選ばれた。「天皇と民が、稲作を媒介としてつながるのが大嘗祭。すべての民の奉仕を象徴するという位置づけで、日本人が日本人としての同一性を御代ごとに確かめる祭儀ともいえる」(高……

皇学館大学神道研究所助教の佐野真人さんが書籍出版 「古代天皇祭祀・儀礼の史的研究」

2019/11/14 22:06
 同書は、平安時代初期の桓武天皇朝・嵯峨天皇朝における儀礼の導入や整備、文徳天皇朝以降の儀礼の変遷や新たな儀礼の創出について調査し、平安前期の日本の儀礼秩序の構築過程などについてまとめている。
 佐野さんは「桓武天皇が取り入れたが2回(日本では合計3回)しか斎行されなかった中国の皇帝が行った天を祭る祭典『昊天祭祀(こうてんさいし)』や、古代日本において元日の朝賀の後に大臣以下の役人が天皇に拝謁(はいえつ)する『小朝拝(こちょうばい)』など、古代の正月の儀礼などについてまとめた」と説明する。
 「私が小学校に入学したのは1989(平成元)年4月。皇学館大学に入学したのが2001(平成13)年。平成最初の小学生で、21世紀最初の大学生となり、2018(平成30)年9月、平成の時代のうちに学位を授与していただいたことはとても不思議な縁で感慨深いものがある。大学で学んだことを13年掛け、平成の時代のうちにまとめることができてよかった」と話す。
 価格は1万3,200円。

[TKU-NEWS 夕方 19.11.14 ] 『もののふと茶の湯』 八代市立博物館で開催中

2019/11/14 19:27
戦国時代に武将たちの間で大流行した茶の湯の世界を紹介する展示会が八代市立博物館未来の森ミュージアムで開かれています。安土桃山時代に大流行し、武将たちのたしなみのひとつとされた茶の湯の世界と、八代ゆかりの武将・細川忠興と松井康之の茶人としての姿に迫るものです。会場には茶の湯を愛した豊臣秀吉や侘(わ)び茶を確立した千利休、古田織部らゆかりの茶碗や書状など約90点が展示されています。中には国重要文化財で細川忠興が徳川2代将軍の秀忠から拝領した『拙庵徳光墨跡(せったんとくこうぼくせき)』や、細川忠利が父・忠興から受け継いだものの飢饉(ききん)で苦しむ民を救うために手放した『中山肩衝(なかやまかたつき)』と呼ばれる茶入れなど熊本初公開のものあります。12月1日までです。

そういう言動は勘違いするからほんとダメ… 耐性が無いんだって!/やまとは恋のまほろば⑥

2019/11/14 19:19
 おたけやま古墳の麓にある大学に通う三和穂乃香は、古墳研究会(通称:古研)に所属する大学1年生。高校からの親友・友葉が大学デビューを果たし、気後れした穂乃香は一人疎外感を感じつつも、古研が唯一の“心のオアシス”となっていた。しかしある日、古研の同級生・飯田くんをひょんなことから意識し出してしまい…!? 古墳が引き寄せる、ぶきっちょな恋の成長ストーリー。

詳しく解説 中断、朝廷再興、神格化…大嘗祭の長い歴史

2019/11/14 19:00
 大嘗祭は7世紀後半、毎年行われる新嘗祭(にいなめさい)と区別し、天皇の即位に伴う一代一度の儀式として行われるようになったとされる。室町時代、応仁の乱が始まる前年の1466年、後土御門天皇即位に伴って実施されたが、それ以降、約220年間行われなかった。
 復活したのは江戸時代の1687年、東山天皇の即位の際だった。当時の将軍・徳川綱吉が、朝廷再興を強く目指す霊元上皇の意向をくんだという。
 高埜利彦・学習院大名誉教授(日本近世史)によると、それまでは幕府による朝廷の封じ込めの時代。天皇は京都にある禁裏(御所)から出て行幸することもなく、天皇を支え、朝廷を構成する公家たちも自由勝手な行動は許されなかった。それを、天皇や朝廷の権威を封じ込めるのではなく、朝廷儀礼などを復活させる方針に転換した。

逗子の小坪から新嘗祭に献上されてきたミル、今年は台風で地元「無念」

2019/11/14 18:16
 ミルは漢字で「海松」と書き、「万葉集」にも登場。平安時代の装束には「海松文」というミルをデザインした文様が使われ、「日本伝統色色名事典」によると「平安時代から明治初期まで海松色という色名が使われていた」とある。
 相模湾海藻調査会の主宰で、約50年、海藻の研究を続けている小坪在住の高橋昭善さんは「ミルは静岡でも千葉でも生息する海藻なのに、なぜ小坪の漁師が引き受けたのか、どうして献上品の中にミルがあるのかなど数年調べている。1942(昭和17)年には宮内庁から神奈川県へ、そして葉山の漁師から逗子へお役が回ってきたようだがまだ詳しいことは分からない」と話す。
 逗子市の資料には「鎌倉幕府の時代から隣接した鎌倉へ魚介類を供給するために伊勢の商人と志摩の海女が移住して来た」とある。「小坪には『伊勢町』という地名も残り、伊勢神宮由来の行事も伝わっている。私見だが、そういう関係で小坪のミルが選ばれたのかとも思う」と高橋さん。
 海辺の調査は高橋さんの日課だが、特に新嘗祭が近づいてからはほぼ毎日、小坪の海へ行き、漁港関係者と話をしている。「今年、記念すべき大嘗祭に献上できず、本当に残念。胞子が残っていれば、来年は献上できるかもしれないが、こればかりは自然が営むことなので分からない。別の海から胞子を持って来て育てたらいいのではと言う人もいるが、それはやらない……

日本一宝くじが当たるお寺で「年末ジャンボ大当たり祈願祭」開催サマージャンボでは参拝者が1等当選 千葉県長福寿寺

2019/11/14 18:00
延暦17年(798)に桓武天皇の勅願により創建された1200年の歴史ある寺・長福寿寺(千葉県長生郡)は、2019年11月20日からの年末ジャンボ宝くじの販売期間に合わせて、「年末ジャンボ宝くじ大当たり祈願祭」を2019年11月23日(土)の天赦日から計8回にわたり開催いたします。
日本一宝くじが当たる寺と云われる長福寿寺ですが、今年8月に抽選が行われたサマージャンボ宝くじ2019にて、参拝者から1等当選したご報告を「喜びの声分かち合いボード」にいただきました。
本寺のシンボル「吉ゾウくん」は御影石の一刀彫りで高さ3.8メートル、重さ8トンの日本最大級の石像です。大当たり祈願祭は、吉ゾウくんの御前に於いて*1、住職と皆さまとで、心を合わせ、「1000万円」「1億円」「10億円」の高額当せんを祈願します。
なお当日は、住職と参加者で般若心経を唱えます。その後、住職法話として、宝くじ当選・金運アップの秘訣を住職がお話しします。
*1 雨天の場合、変更になる可能性がございます。
ジャンボ宝くじ大当たり祈願祭
■吉ゾウくんのお寺 長福寿寺とは
千葉県にある長福寿寺は、1200年もの歴史を誇る大古刹です。西暦798年、桓武天皇の勅願(命令)により建立されました。そのため、長福寿寺では菊の御紋をお奉りすることが許されています。
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