井浦新 とどまることを知らぬ“縄文愛” 土偶や土器…|師が駆けずり回るほど忙しいから師走 は本当に俗説?…|サザエさん 堀川くんが逮捕される!? 牢屋で喜ぶ姿…|他

井浦新、とどまることを知らぬ“縄文愛” 「土偶や土器のレプリカを家でも愛でる」(朝日新聞デジタル&[アンド])

2019/12/01 21:00
――そもそも興味を持たれたきっかけは何ですか?
井浦 最初に縄文文化に触れたきっかけでいえば、子どもの頃。父が古代の歴史に興味がある人で、家族旅行で古代の遺跡に行くことが多かったんです。当時の僕にはその遺跡が縄文時代か弥生時代か古墳時代か、なんてわからず、ただ竪穴式住居のある原っぱを走り回ったり、土器づくり体験をしたりしていただけですけれど(笑)。
おおかた、子どもがそうやって遊んでいる間に父は考古館などで史料を見たりしていたのでしょう。それからずいぶん時間が経ち、僕も大人になって、美術に興味を持ち始めるようになって、縄文文化というキーワードにまた突き当たるようになったんです。そんななかで子どもの頃に見ていたものを改めて見直しているうちに、どんどん面白くなっていきました。
実家にあった考古学の本を読みあさったり、遺跡に改めて出かけたり。知れば知るほど、古代、なかでも日本の源流ともいえる縄文時代に引きつけられました。

「師が駆けずり回るほど忙しいから師走」は本当に俗説?和風月名「師走」考

2019/12/01 20:32
数々ある十二月の異名の中に「涂月」があります。漢文学者の白川静(1910~2006年)は、この涂という文字は「塗る」という意味で、「余」という大きな針(鍬か槍のようなものでしょうか)を道に刺し地下の悪霊を祓う呪術を「途」と言い、中でも川や水路など水上の通路(もしかしたら橋もそうでしょうか)の水底の下に刺すことを特に涂と言った、というのです。
道の厄除けのために針を刺す、などという呪術が本当にあるのでしょうか。まさに旧暦の師走の末頃、新暦で言うと概ね一月の末頃、道を祓う信仰習俗は実際にあります。「辻切り」「道切り」と呼ばれる行事で、村に通じる道の境界の辻々に、藁を綯(な)って作った蛇や注連縄、わらじやリース状の飾りなどを道脇の木につるし渡し、災厄の浸入を封じる民間習俗です。その際、道を横断するように地面に五穀を掘って埋める地域もあるのです。白川静の言う「途」に通じるものがあるように思います。
中国最古の語釈辞典『爾雅(じが)』の釋天の項には、
正月為陬、二月為如、三月為寎、四月為余、五月為皋、六月為且、七月為相、八月為壯、九月為玄、十月為陽、十一月為辜、十二月為涂
と各月の性質を列挙した一文があり、十二月をあらわす涂月という異名はここから来ています。ちなみに如月(きさらぎ)もこの文言から来ていますし、「弥生」の「やよい」という呼び名も、「三……

『サザエさん』堀川くんが逮捕される!? 牢屋で喜ぶ姿に「安定のサイコパス」

2019/12/01 19:05
『アニメ サザエさん公式大図鑑 サザエでございま~す!』(扶桑社) めでたく放送50周年を迎えたアニメ『サザエさん』。11月24日に放送されたスペシャルエピソードでは、数々の突飛な言動からネット上で“サイコパス”呼ばわりされているワカメの同級生・堀川くんも登場し、あろうことか主役の磯野家よりも目立ってしまう異例の事態に陥ったようだ。
 話題になったエピソードは作品No.8036『花のお江戸のサザエ太夫一座』。ある日、サザエは伊佐坂先生から江戸時代の絵草子と拍子木を借りてくる。そこには、江戸時代に活躍した「安楽座」という名の芝居小屋で興行する一座の話が描かれていた。と、ここで、拍子木を手にしたカツオがリズムよく打ち鳴らすと、画面には豪華な花魁姿で舞台に立つ“サザエ太夫”が映し出される。
 サザエ太夫は、弟・“カツオ丸”や父・“波平之介”ら家族とともに一座を営んでいるが、セリフ覚えが悪いカツオ丸のせいで舞台降板の危機に晒されていた。そこで、芝居の筋書きを担当する伊佐坂先生は、カツオ丸の代役として身分不明のスーパースター・月之丞(つきのじょう)を紹介。
 あくる日、月之丞が舞台に立つと、その整った顔立ちと確かな演技力で、瞬く間に大人気に。その頃、立場をなくしたカツオ丸が、花沢さんに似た団子屋の娘・お花坊に「この際、男らしく役者の道をすっぱり諦めたら?……

2020年春、葛飾北斎らによる“おいしい”を描いた浮世絵展が登場。

2019/12/01 18:56
東京オリンピックを控え、国内外から日本の文化に対する関心が高まっている。日本独自の文化が花開いた江戸時代の文化についても同様だ。その江戸の文化を、類まれな表現力と技術で生き生きと描き、現代に伝え、世界中から高い評価を得ているのが「浮世絵」である。「浮世絵」には、江戸の風俗史として、江戸の食として代表的なすし、うなぎ、天ぷら、そばなどがたびたび描かれてきた。葛飾北斎、歌川広重、歌川国芳など、現名だたる浮世絵師たちの多くも、こぞって江戸の食の風景を描いている。江戸・日本橋から京都・三条大橋まで、東海道の宿場町を描いた広重の連作〈東海道五十三次〉も、それぞれの土地の食材や名産を彷彿とさせる描写を通じて当時の人々を楽しませてきた。
『おいしい浮世絵展〜北斎 広重 国芳たちが描いた江戸の味わい~』は、「浮世絵」と「食」を掛け合わせた展覧会だ。食事を楽しむ人々、四季の行事を準備する人、日本橋の魚河岸や品川の屋台の風景など、食を求めて人々が集まる情景などが描かれた食のシーンを追いながら、食を描いた浮世絵そのものの魅力と、現代の暮らしにもつながる江戸の食文化をひもとく。

阿波水軍と徳島藩の関わりを紹介

2019/12/01 18:47
戦国時代に阿波水軍の頭領として活躍し、その後、蜂須賀家に仕えた森家と徳島藩との関わりが分かる企画展が徳島城博物館で開かれています。森家は戦国時代、鳴門の土佐泊を拠点に活躍した阿波水軍の頭領で、豊臣秀吉による四国攻めに味方し、蜂須賀家の重臣となりました。そして、江戸時代には、徳島藩の参勤交代を支える海上輸送船団の一員となり、戦のない時代を生き抜きました。今回の企画展では、参勤交代の際に大坂へ向かう船団を描いた屏風など56点の資料が展示されています。これは森家が移り住んだ阿南・椿泊の屋敷が描かれた絵図です。椿泊は船を接岸する際に風の影響を受けない最良の港でした。水軍の頭領、森家と徳島藩の関わりが分かる企画展「阿波の水軍森家と徳島藩」は来年1月26日まで徳島城博物館で開かれています。