うなぎの蒲焼き に関東風と関西風があるって知ってた…|如月の花 梅 探梅 賞梅 送梅 と令和の梅見を…|平安貴族を垣間見る!受験生にこそ読んでほしい! なん…|他

「うなぎの蒲焼き」に関東風と関西風があるって知ってた?その違いをご紹介

2020/02/16 22:00
昔から夏のスタミナ食として知られる、うなぎ。近年は漁獲量が減っているようで見かけることも減りましたが、うな重やうな丼が大好物!という方も多いと思います。
そんなタレまで美味しい「うなぎの蒲焼き(かばやき)」には、実は大きく分けて2つ、関東風と関西風があるというのをご存知でしょうか?
関東と関西で何が異なるのか、それぞれの特徴と調理法、そして通な食べ方「白焼き(しらやき)」や「塩焼き」について解説します。
関東風と関西風の蒲焼きの違い
うなぎは日本では古くから食べられており、奈良時代には夏バテに効く食べ物としてすでに知られていたようです。
うなぎの蒲焼きの歴史蒲焼きという調理方法が出てきたのは、江戸時代のことです。戦国時代末から始まった江戸干拓工事に伴い、江戸には多くの湿地帯ができました。この湿地帯を好む生き物のひとつにうなぎがいます。
実際、江戸の湿地帯には多くのうなぎが住み着いていたようで、江戸では庶民向けの安い魚としてうなぎが食されていました。
現在では高級料理として扱われるうなぎですが、江戸時代では安価で手に入る屋台などで扱われていた庶民向けの魚だったそうです。時代を経て高級料理に変わったという点ではお寿司と同じですね。
蒲焼きの原型とされる料理が生まれたのはこの頃とされていますが、当初はぶつ切りにしたうなぎ……

如月の花、梅。「探梅」「賞梅」「送梅」と令和の梅見を楽しもう!

2020/02/16 20:32
梅は中国原産の花ですが、日本では奈良時代から栽培され始めたといわれています。江戸時代、武士の間で梅園芸が大ブームとなり梅の文化が花開きました。
梅見で有名な水戸の偕楽園は、江戸幕府最後の将軍慶喜の父、水戸藩第九代藩主・徳川斉昭によって造園されました。江戸時代に品種改良が盛んに行われ、現在偕楽園は約100品種・3000本の梅の名所として、毎年梅まつりが開催されています(今年は2月15日(土)~3月29日(日))。
早咲きの梅を一輪一輪探しながら楽しむことを「探梅」、咲きそろった梅を楽しむことを「賞梅」、散りゆく梅を惜しみながら愛でることを「送梅」というそうです。このように、春を待ちわびつつ、段階を踏んで変化を楽しみ観賞するのが梅見のポイントです。
中でも、江戸の伝統を引き継ぎ、香りや色、形が優れた六品種が『水戸の六名木』とされています。それぞれの特徴を知っているとさらに観賞が深まりますね。
〇虎の尾(とらのお)
八重咲きの中輪で、開き始めが薄紅色。開花後白くなるのが特徴です。
〇江南所無(こうなんしょむ)
明るい紅色の厚い花弁、大輪で雌しべを抱え込むように咲くのが特徴です。江南地方(中国)にこれ以上の梅はないという意味で名付けられたという説があります。
〇烈公梅(れっこうばい)
烈公は徳川斉昭の別称で、斉昭公に……

平安貴族を垣間見る!受験生にこそ読んでほしい!『なんて素敵にジャパネスク』覚えてる!?

2020/02/16 20:00
小説が好評になり、同時期に山内直実作画による白泉社の少女漫画誌『花とゆめ』に漫画版も連載されるが、1990年代初期に原作小説版の中盤(瑠璃姫の結婚)あたりで終了。10年以上の時を経て、『花とゆめ』2004年12号より人妻編として月1回の連載が再開された。しかし全12回掲載されたところで(『花とゆめ』2005年12号まで)掲載誌が変わり、『別冊花とゆめ』に連載された。前期に白泉社から出版されたコミックスは、単行本全11巻。その後文庫本全6巻、愛蔵版全7巻がいずれも白泉社から再版された(収録内容はどれもほぼ同じで、イラスト収録があるのとないものの違いのみ)。再開後の人妻編は、2011年6月に最終巻であるコミックスの11巻が出版された。

4年に1度・江戸時代から伝わる伝統の“田植え踊り“披露 豊作を祈願 山形・中山町(さくらんぼテレビ)

2020/02/16 18:28
山形県中山町の小塩地区に江戸時代から伝わる伝統の「田植踊り」が、4年ぶりに披露された。
この「小塩御福田田植踊り」は山形県中山町の小塩地区に江戸後期から伝わる伝統の踊りで、閏年に合わせて4年に1度披露される。
踊りは葉山信仰に由来し「代かき」や「田植え」の様子を模して豊作を祈願するもので、女人禁制の踊り手は「神の使い」とされるため庭先ではなく座敷に上がって披露するのが大きな特徴。
2月16日は踊り手たちが地区の家々を回った後に集会場で踊りを披露し、集まったお年寄りなどからさかんにおひねりが飛んでいた。
この田植踊りは明治時代の後期に一度は途絶えたが戦後まもなく復活し、今では保存会を中心に地区の若者たちが伝統を受け継いでいるという。

令和最初の福男は誰に? 約1万人参加「はだか祭り」

2020/02/16 18:10
令和最初の福男の座を、裸で奪い合った。

岡山県で行われたのは、「西大寺会陽(えよう)はだか祭り」。

500年以上前の室町時代から行われている歴史ある祭りで、2020年は国内外からおよそ1万人が参加した。

福をもたらすとされる宝の木「宝木(しんぎ)」が投げ込まれると、男たちは必死に手を伸ばして奪い合いが始まった。

激しい争奪戦の結果、6人が令和最初の福男に選ばれた。
(岡山放送)

【京都名水めぐり】NHK大河ドラマ『麒麟がくる』の明智光秀も飲んだ!?弘法大師ゆかりの湧水「弁天井戸」

2020/02/16 18:00
その井戸の背後には、井戸の名称にもなってる弁天さまですかね。祀られています。
この旧山陰街道は、今NHK大河ドラマ『麒麟がくる』でも注目の戦国武将・明智光秀が主君・織田信長を討った本能寺の変の際に使ったルートとされ、その途中のちょうどこの辺りで休憩をとったと伝えられています。
弘法大師のいた平安時代にすでに存在していた井戸ということから、もしかしたら明智軍が休憩の際この湧水を飲用した可能性もある、天下分け目の井戸であるとも言い換えられたり。
そんな視点でこの界隈を散策し、ここに立ち寄ってみると、また違った印象を受ける井戸でもあり。弁天井戸 へのツイートホテルに帰る道が旧山陰街道なのね、だから明智光秀がここ通って本能寺に向かったってことでしょ、テンション上がる…………!!!
— 福梅。 (@fukuume666) March 25, 2017 基本情報名称:弁天井戸
住所:京都市西京区大枝沓掛町