近代横浜を掘る:洲干島からひろがる都市のすがた 洲干…|青谷上寺地遺跡出土品 重文指定を記念し展示|歴史シアター 五塚原古墳 箸墓と 兄弟墳 築造時…|他

近代横浜を掘る:洲干島からひろがる都市のすがた 洲干島遺跡 新市庁舎の足元に眠る /神奈川

2020/03/26 11:57
 横浜市中区の北仲通南地区に今春、横浜市の新庁舎が完成する。1889(明治22)年の横浜市誕生から数えて8代目にあたる新市庁舎。建設地では工事に先立ち、横浜市ふるさと歴史財団埋蔵文化財センターが発掘調査を実施した。横浜都市発展記念館では、発掘調査の成果を紹介する展示「近代横浜を掘る 洲干島からひろがる都市のすがた」を企画した。
 本町通りとみなとみらい大通りに挟まれた調査地は、かつて洲干島(しゅうかんじま)と呼ばれた砂洲(さす)の先端に位置し、江戸時代から続く「洲干弁天社」の社地であったことから、洲干島遺跡と名付けられた。

青谷上寺地遺跡出土品、重文指定を記念し展示

2020/03/26 11:06
 重要文化財に指定された青谷上寺地遺跡(鳥取市青谷町青谷)の出土品が並ぶ記念展が、鳥取市東町2丁目の県立博物館で開かれている。漁業、農業、狩猟のほか、木製容器や装飾品の管玉の製作、交易と幅広い生業を営んだ青谷の弥生人の姿をうかがわせる。
 2019年7月に重文指定された弥生時代の出土品のうち木製容器など245点や、指定外の人骨など計419点を並べた。
 花びら状の模様を浮き彫りにした木製容器「花弁高杯(かべんたかつき)」は、有力者の権威の象徴や儀礼に使われたとみられる。北陸から九州にかけての各地で見つかっており、青谷上寺地遺跡では最多の10点以上が出土。青谷産を運んだか、模倣したと考えられるという。花びら状の浮き彫りや、細い透かし彫りを施して装飾性を高め、高度な加工技術を物語る。
 県青谷上寺地遺跡整備室の岡野雅則文化財主事は「交易で良い物をもらおうと思ったら、良い物を出さないといけない。工夫し、高度な物を作ったのではないか」と分析する。
 占いに使う動物の骨「卜骨(ぼっこつ)」も国内最多の250点出土した。青谷では航海の安全を占うのに使ったとみられ、交易拠点の性格を裏付ける。
 入館料は一般180円。大学生以下と70歳以上などは無料で、28日の会期末まで無休。

【歴史シアター】五塚原古墳、箸墓と「兄弟墳」 築造時期確定の土師器出土 京都・向日市

2020/03/26 11:00
 京都府向日市の前方後円墳「五塚原(いつかはら)古墳」で、河原石を積み上げた竪穴(たてあな)式石室が見つかり、周辺から3世紀中葉の様式を持つ土師器(はじき)が出土した。築かれた時期を特定する初めての〝物証〟で、邪馬台国の女王・卑弥呼の墓との説がある出現期の前方後円墳「箸墓古墳」(奈良県桜井市)と同時期に築造されたことが裏付けられた。規模の違いはあるものの、築造方法に共通点があるうえ、築造時期も近いことが明らかになったことから、五塚原は箸墓の「兄弟墳」だった可能性が浮上。奈良盆地南東部に生まれたヤマト王権の大王クラスの墓が箸墓とすれば、「(五塚原には)王権の一翼を担った主要人物が葬られたのでは」といった声が上がる。
(編集委員 上坂徹)
◆竪穴式石室の発見
 京都盆地南西部の丘陵に築かれた五塚原古墳は全長91・2メートル。後円部が径54メートル、前方部が長さ40・5メートルの前方後円墳。後円部は3段(3段築成)、前方部は先端に向かってバチ形に開く形で2段(2段築成)で築造されている。昨年に後円部の墳頂(中央)部分を発掘調査したところ、埋葬施設である竪穴式石室を確認。掘り下げた穴の壁面に地元の河川で採取されたとみられるふぞろいの自然石を垂直に積み上げ、最上部に天井石をかぶせて石室を塞ぎ、その上を土で覆っていた。基底部の調査はしていないため、棺(ひつ……

善光寺、新型コロナの終息祈願

2020/03/26 08:50
 長野市の善光寺大勧進で25日、世界的に広がる新型コロナウイルスの感染終息を祈願し、感染症で亡くなった人々を供養する法要があった。大勧進の栢木寛照(かやきかんしょう)副住職(74)をはじめ僧侶17人が護摩をたき、疫病退散を祈った。
 この日は大勧進80世住職の等順大僧正(1742〜1804年)の命日。江戸時代中期の「天明の大飢饉(だいききん)」に際して大僧正は善光寺の蔵米を開放したとされ、その民衆救済の姿にならって法要の日に選んだという。
 僧侶らは護摩堂で護摩をたき、万善堂で「南無阿弥陀仏」と繰り返し唱えて、犠牲者の供養と感染者の回復などを厳かに祈った。栢木副住職は「自然への畏敬の念を忘れず、謙虚な心持ちで互いを思いやって過ごしましょう」と呼び掛けた。
(3月26日)

朝ドラモデルとなった女性陶芸家の物語 『緋色のマドンナ』

2020/03/26 06:41
 最終回が目前に迫るNHKの連続テレビ小説「スカーレット」。これは陶芸家・神山清子(こうやま きよこ)さんの半生を参考に制作されている。一方、那須田淳さんの本書『緋色のマドンナ――陶芸家・神山清子物語』(ポプラ社)は、神山さんからの聞き書きをベースにフィクションとして描かれている。
 ドラマと小説はリンクしている? 本人からの聞き書きということは、ノンフィクション? と思いがちだが、那須田さんは読者の誤解を招かないよう、こう書いている。
 「ドラマの主人公と神山清子さんはあくまで別ですので、その点はご理解ください。」
 「視点が異なれば見えるものも違うものですし、関係者の氏名も仮名にしてあります。あくまで小説の物語としてお読みいただければと思います。」佐世保から滋賀へ 本書は「日本六古窯の一つ信楽の地で、戦後の早い時期に女流陶芸家として注目され、室町の頃から続く古信楽の緋色の肌を蘇らせつつ、新しい造形の世界を切り拓いた」神山清子さんの半生を描いた小説。
 ここでは、主人公・清子が絵付け師をめざすまでの歩みを見ていこう。
 清子は1936年、長崎県の佐世保で生まれた。当時の佐世保は、日本有数の軍港として栄えていた。父は鉱山の発掘や鉱脈の発見・鑑定をする山師。母は旧華族という名家で育った頃のお嬢様気質が抜けず、家事全般が苦手ときている。……

中之条に青山通り…国道353号に標識

2020/03/26 05:00
 標識板は縦80センチ、横20センチのアルミ製。東京・青山通りのものと同じく、白地に青で「青山通り」と書き、縁取りの形状は変えた。ポールを含む高さは3・5メートルで、約800メートル区間の両端に1基ずつ設置している。
 青山家や吾妻郡城塁史によると、藤原家の一つ花山院家の師重(もろしげ)が南北朝時代に上州へ下野し、吾妻郡の青山郷(現在の中之条町青山)に居を構えて「青山」と名乗ったとされる。その後、師重の子孫は三河(愛知県)に移り、1758年に徳川家の重臣だった青山幸道(よしみち)が郡上藩主となった。
 東京都港区にある青山という地域も、江戸時代に青山家の屋敷があったからだという説が有力だ。
 中之条町の伊能正夫町長らが一昨年6月、東京・南青山で開催された「郡上おどりin青山」に参加したのが縁で、町は昨年3月、東京の青山宗家、郡上市との交流を進める実行委員会を設置。郡上市を訪問し、町歴史と民俗の博物館「ミュゼ」でも青山家にスポットを当てた企画展を開催していた。
 郡上市の町訪問団は、青山家との接点が指摘される町の国重要無形民俗文化財「上州白久保(しろくぼ)のお茶講」を体験することを計画している。実行委会長の山口通喜(みちよし)・ミュゼ館長は「郡上市に加え、東京・南青山の商店街などとの交流も深めていきたい」と話している。