自宅で“古着散策”をバーチャル体験!? 光石研の東…|傷癒やす湯治宿 復活=被災乗り越え 先人の思い継ぐ―…|戦国時代の子どもは意外と忙しい!? 明智光秀の少年時…

自宅で“古着散策”をバーチャル体験!? 【光石研の東京古着日和 VOL.3 】アメカジ、渋カジ、からのイタカジ?

2020/04/11 20:00
スイス、フランスでフランス料理を学び、帰国後は日本料理店でいちから修業をした土井善晴さん。1992年に「おいしいもの研究所」を設立し、変化する食文化と周辺を考察しながら家庭料理の本質と日本らしい食のあり方を発信し続けている。和食がユネスコ無形文化遺産に登録され、世界でも評価が高まっている昨今、私たち日本人は和食についてもっと知るべきだと、土井さんは言う。
「みんながいいというからおいしいというのではいけない。料理をするという作業は、相手のことを考え、自然のことを考えること。つまり、そこには関係性が生まれます。自分が食べたいものだけを考えていては、おいしさの幅は広がらないんです」。誰かのために料理をつくったり、つくってもらったり、大切なのは関係性なのだという。「いい食材に出合ったらそれをいかに調理するか、それに合わせてなにを飲むのか。誰とどういうシーンで食事をするのか。その場その場で最善のものを選んでいくのが、その人のセンスといえるでしょう」。そう語る土井さんに、2020年の春に新しくなった「淡麗グリーンラベル」を飲んでもらった。

傷癒やす湯治宿、復活=被災乗り越え、先人の思い継ぐ―熊本地震4年

2020/04/11 18:30
地獄温泉「青風荘」社長の河津誠さんと、再開した露天風呂「すずめの湯」=3月18日、熊本県南阿蘇村  熊本県南阿蘇村の山奥にある秘湯「地獄温泉」の旅館は熊本地震の2カ月後、豪雨災害に見舞われた。傾き、泥に埋もれた歴史と伝統の宿。あるじの頭には廃業もよぎったが、建物解体中に先人の思いが込められた遺構を見つける。14日で熊本地震から4年。信念を受け継ぎ、あるじは人々の傷を癒やす湯治宿復活を目指している。
 江戸時代から200年以上続く阿蘇山麓の湯治場。「地獄」は、噴出する火山ガスで草木が生えない岩場があることが名の由来だ。
 しかし名湯の伝統は地震と豪雨で途切れる。最大震度6強の本震が村を襲い、温泉唯一の旅館「青風荘(旧清風荘)」は木造2階建て築約130年の本館など大半の建物で柱が傾き、窓が割れた。宿への道路も途絶。豪雨による土砂崩れで敷地の7割が土石流にのみ込まれ、建物は泥で埋もれた。3カ所あった源泉の一つは使用不能になった。
 被害総額は約20億円。国の補助金を活用しても4分の1は自己負担となる。「どんなに資金計算しても、やらない方がいいと思うばかりだった」。4代目社長の河津誠さん(57)は苦悩する。3万坪の敷地の全面復旧は諦め、半分にしても3億円超の借金を抱える。資金繰りに苦慮、道路復旧も進まず……

戦国時代の子どもは意外と忙しい!? 明智光秀の少年時代/『誤解だらけの明智光秀』①

2020/04/11 18:10
少年・光秀は山城でどんな暮らしをしていたか? 来る日も来る日も戦に明け暮れているイメージのある戦国時代。
 しかし、戦国時代を生き抜いていくには、政治、経済、治世、軍事、外交など、幅広い知識と教養が必要でした。
 そこで武士の子どもたちは寺に通ったり、寺から僧侶に出張してもらったりして、まだ幼い頃から学びはじめます。
 光秀は、京都を往来する武士たちのマナー本『明智家中法度』を書いたかと思えば、連歌会を開いたりと、高いレベルの知識人・教養人だったようですから、子どもの頃から中国の古典『四書五経』などを音読して丸暗記していたかもしれません。
 さて、光秀が生まれ育ったと言われる山城は、江戸時代的な城郭のイメージとは違い、奥深い山の中に造られた館のような城です。
 東濃は木曽川水系の湧き水が豊富で、少し山奧に入れば滝や谷川があり、ふもとに近い丘陵地に降りれば、美しい棚田が広がっているところもあります。
 こうした美しい東濃の山も、いざ戦となれば地形を活かした防衛施設の役割を果たしたり、東濃攻略の拠点となったりします。
 平和なときに山中を駆け回ってのびのびと遊ぶことも、山の地形を覚える大切なトレーニングです。学問所に通い、武芸を磨くだけでなく、自然からも学ばなければいけないわけですから、山城に住む子どもたちは、忙しい毎日だっ……