ぶんかのミカタ:百舌鳥・古市古墳群 世界遺産1年/下…|毎日うちに出てる 朝方に現れる妖怪を描いたところ…|江戸時代の棋士たちの 武士さながらの勇ましさー 幻庵…|他

ぶんかのミカタ:百舌鳥・古市古墳群 世界遺産1年/下 陵墓と古墳、はざまから学べば=関西大非常勤講師・今尾文昭

2020/06/27 17:04
 昨年、新春を迎えた京都・東山七条の京都国立博物館では「初公開! 天皇の即位図」という展覧会が開催された。右隻(うせき)に霊元天皇の即位式、左隻に後西天皇の譲位式の様子を描いた狩野永納(えいのう)筆の屏風(びょうぶ)絵の特集展示である。近年に発見されて初公開だというので、出かけたのだが驚いた。
 霊元天皇の即位式は、寛文3(1663)年4月27日の巳刻(みのこく)(午前10時ごろ)にはじまる。紫宸殿(ししんでん)の高御座(たかみくら)にわずか10歳の新天皇が座す。南庭に装束を整えて、威儀を正した群臣が居並ぶのだが、その後方には談笑する者や手を引かれた子供、女性たちや僧侶がいる。「厳(おごそ)かなり」と「寛(くつろ)ぎ」が同じ空間に描かれている。解説文には「江戸時代の即位式は公開されていて、庶民も見物できた」とある。おやっ、今とは皇室儀式の在り方が違う。
 さて、宮内庁が歴代天皇・皇后、皇族の墓として管理する現在の「陵墓」には制札が立つ。三禁(一、みだりに域内に立ち入らぬこと、一、魚鳥等を取らぬこと、一、竹木等を切らぬこと)の文言が示されている。時代がかる禁則を犯す輩(やから)は、そうはいないだろう。ただし、制札の体裁は明治6(1873)年11月の太政官逹(たっし)に元がある。そうとなれば、村人が陵域内に入る江戸時代の入会(いりあい)の……

「毎日うちに出てる」 朝方に現れる妖怪を描いたところ被害者が多数発見される

2020/06/27 16:48
イラストレーターの山口カエ(@yamakae)さんが描いた、ある妖怪に大きな反響が上がっています。
不思議な力を持っていたり、奇妙な現象を起こしたりする妖怪。
一つ目小僧や、ろくろ首など昔から語り継がれており、室町時代の『百鬼夜行絵巻』には数多くの妖怪の姿が描かれています。
現代に起きる不思議な現象も、実はまだ語り継がれていないある妖怪の仕業なのかもしれません。
朝、目覚まし時計が鳴ると現れるのが…。
こういう妖怪もいる pic.twitter.com/xWFmCsJgrw
— 山口カエ (@yamakae) June 26, 2020 アラームを消して二度寝へと誘導する悪質な妖怪!
寝ぼけて姿を見ていないだけで、実はこの妖怪がアラームを消していたのかもしれません…。
どうやらこの妖怪による被害者は多数いるようです。
・家に住みついていて困っているんです。
・毎日うちに出てます。起きられないのはこの妖怪のせいだったのか…。
・お化けは信じないけどこれは信じます!
・月曜日はいつもこの妖怪にやられている。
大切な試験や、遅刻できない会議などの時は、どうにかこの妖怪が出ないように願いたいですね!
[文・構成/grape編集部]
出典@yamakae関連ニューストイレ掃除の女性を……

江戸時代の棋士たちの 武士さながらの勇ましさー『幻庵』百田尚樹

2020/06/27 16:06
囲碁が相当に好きだったといわれる徳川家康によって、江戸時代、碁打ちの地位は高いものとなり、まもなく誕生した家元4家には幕府から扶持が与えられるほどだった。家を支える棋士たちは碁のことだけを考えて暮らす生活が成り立ち、おかげで大いに発展することとなる。家元の目標は一門から「名人」を出すこと。棋士界でトップに位置する名人は260年余つづいた江戸時代でも、わずか8人という限られたものだった。主人公である幻庵は士分として最低の身分である足軽の3男であったが、7歳でその才能を見出されて家元の外家であった服部家の内弟子となり、晩年まで名人を目指し幾度もの戦いに挑み精進する姿が描かれている。
しかし、名人の地位はただ強ければ手に入るものではなく、同時代の棋士たちの中でも抜きん出る強さが必要である。勝負にストレスで吐血するまで自らを追い込む幻庵の姿は武士さながらの勇ましさであり、刀を手にするようにすべてが命懸けなのだ。また、名人になるには他家からも認められなければならず、裏での政治的な手回しの上手さも必要となる。江戸から明治にかけての時代、囲碁の世界でどのように歴史が動いたのかも描かれており、時代小説としての魅力も十分にあるのだった。
読み終えて、久しぶりに碁を打ちたくなった。祖父母はすでに他界しているので、思いつく相手は近頃騒がれているパソコンの中のAIくらいだ。……

京都観察いま・むかし:八木先生の覚え書き/94 負のスパイラルを断とう コロナ禍と差別問題 /京都

2020/06/27 15:16
 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が私たちの社会の雰囲気を異様に変えてきました。このことを作家の辺見庸さんは「コロナに乗じた同調圧力と相互監視、行動と内面の統制が一段とつよまりつつある」と表現しました(生活クラブ生協機関誌『生活と自治』6月号)。筆者の言葉に置き換えていえば、コロナ騒動を媒介にした“差別主義と排外主義の横行”ということになります。
 たとえば、クラスターと呼ばれる集団感染が発生した京都産業大(京都市北区)には多くの脅迫電話やメールが寄せられたと聞きます。新聞報道によれば、「感染している学生の名前や住所を教えろ」「殺しに行く」(『朝日』4月8日付)、「学生を殺しに行く」「学生の住所を教えろ」「大学に火を付ける」(『毎日』4月16日付)、「殺す」「この時期に海外旅行なんて生物兵器かよ」(『北海道』4月20日付)等々。

御廟橋21年に1度架け替え 江戸時代の古文書に明記 高野山 /和歌山

2020/06/27 14:40
 高野町の高野山・奥之院の参道に架かる御廟(ごびょう)橋について、「21年に1度改造する」との趣旨の文章が江戸時代の古文書に書かれていたことが、明らかになった。高野山大総合学術機構課長の木下浩良さん(59)が研究して公表した。
 御廟橋は、高野山を開いた弘法大師空海が「入定(にゅうじょう)」(永遠の瞑想(めいそう))した御廟のある霊域に渡る聖なる橋。木下さんによると、過去に架け替えられていたことは知られているが、21年に1度の架け替えが明記された古文書が見つかったのは初めてという。
 この古文書は、高野山大図書館が所蔵する「奥院御廟橋供養表白」1697~1780年=が、完成を祝う法要で読み上げた物とみられる。

あまり知られていないが味わい深い“味古墳”を浅草キッドの玉袋筋太郎が探訪マニアックな古墳ロケ番組「テレビ見墳記~ご近…

2020/06/27 13:00
©カンテレ
日本全国に約16万基あると言われる古墳。
古墳マニアの間で、“味古墳”と呼ばれる古墳の中であまり知られていないが、味わい深い古墳が存在します。
特別番組『テレビ見墳記~ご近所古墳を味わうひととき~』は、そんなマニアックな“味古墳”をじっくりと探訪する古墳ロケ番組です。古墳を知らない浅草キッド・玉袋筋太郎と、古墳大好きな“古墳女子”タレント・藤嵜亜莉沙が、関西の”味古墳”を巡ります。©カンテレ
訪ねたのは、住宅街の中にポツリとあらわれた空き地にフェンスで囲まれ、こんもりと小高い山のようになっている「野々上古墳」。4世紀後半のものと推定される古市古墳群の1つである。その他にも、民家の庭先にある古墳や、中で寝転ぶことができる古墳、寺院の中にある古墳、数基にも連なるマンションのような古墳まで、様々な関西の“味古墳”が堪能いただけます。©カンテレ
さらに、古墳情報を伝える架空のニュース情報「KNN古墳ニュースネットワーク」や、架空の通販番組「古墳ショッピング」、空耳ならぬ「古墳の空目」など、古墳にまつわる様々なミニコーナーもあります。
意外と身近にあるかもしれない古墳の魅力を味わってみてはいかがでしょうか?©カンテレ
<番組内容>
■古墳探訪
◇野々上古墳 ◇春日古墳 ◇畠田古墳  ◇達磨寺古墳群 ◇高井田……

和歌山城が名城たるゆえん 石垣、赤く塗られた門

2020/06/27 13:00
 豊臣秀吉が築城場所を選び、徳川幕府8代将軍・吉宗が城主を務めたことで知られる和歌山市の和歌山城。新型コロナウイルスの影響で4月18日~5月21日の約1カ月間、壮麗な天守閣への立ち入りが禁止されたが、再開後は観光客も戻り始めている。公益財団法人日本城郭協会の「日本100名城」に数えられる和歌山城を、市在住で日本城郭史学会委員の水島大二さん(73)と巡り、改めて必見ポイントを聞いた。
(西家尚彦)
白亜の天守閣
 和歌山城は安土桃山時代の16世紀後半に豊臣秀吉が雑賀衆や根来寺など紀州の抵抗勢力を平定し、威光を示すため和歌山市の虎伏(とらふす)山(標高約49メートル)を敷地に選んで築城を計画したのが始まりとされる。城作りの名人・藤堂高虎(とうどう・たかとら)も築城に携わり、以降も城主による改築が重ねられた。
 「一番の見どころは何といっても徳川家を象徴する白亜の天守閣でしょう」。観光バスの駐車場がある西の丸跡から天守閣を見上げた水島さんが言う。
 壮麗な漆喰(しっくい)の白壁の天守閣が誕生したのは、江戸時代の寛政10(1798)年とされる。その後、江戸時代に落雷で焼失し、再建。昭和20年の和歌山大空襲でも焼け落ちたが、33年に鉄筋コンクリートで再建され、今は市のシンボルになっている。
 「戦後に再建された天守閣だが、江戸期の再建時……

奈良 長弓寺でアジサイ見ごろ

2020/06/27 12:35
奈良県生駒市の寺で色とりどりのアジサイが見頃を迎え、訪れた人たちを楽しませています。
生駒市にある奈良時代の聖武天皇ゆかりの長弓寺では、30年ほど前から境内にアジサイを植え始め、今ではおよそ1000株が青や紫、それにピンクなどの花を咲かせています。梅雨の晴れ間に、家族連れなどが訪れ、色鮮やかなアジサイを眺めたり、写真におさめたりして楽しんでいました。アジサイの写生に訪れた70代の女性は「新型コロナウイルスによる自粛でしばらく絵を描く気持ちにもなれませんでしたが、近くなので来ました。アジサイの種類もたくさんありすごくきれいです」と話していました。住職の清水隆道さんは、「ことしはコロナで大変な状況ですが、美しいアジサイは心を癒してくれます。3密にならないよう気をつけながら楽しんでもらいたいです」と話していました。
長弓寺のアジサイは来月上旬まで楽しめるということです。