縄文時代の出土品に歓声 金立小|源頼朝から織田信長 西郷隆盛…嵯峨天皇が日本人の 漢字2文字訓読みの名前 を作…

縄文時代の出土品に歓声 金立小

2020/07/05 21:30
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源頼朝から織田信長、西郷隆盛…嵯峨天皇が日本人の「漢字2文字訓読みの名前」を作った?

2020/07/05 18:00
第52代の天皇である嵯峨天皇。在位は809(大同4)年から823(弘仁14)年まで。退位後も太上天皇として権勢を振るう一方で、漢詩、書に通じ、空海、橘逸勢とともに“三筆”としても知られる。(画像は御物で、Wikipediaより引用)日本人の名前に多い漢字2文字訓読み 古代日本の人名は、藤原不比等(ふひと)、和気清麻呂(わけのきよまろ)など、漢字3文字以上の名前が散見されるが、平安時代以降は、菅原道真、藤原道長、平清盛、源頼朝、北条時宗、足利尊氏、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康……と漢字2文字で訓読みの名前が圧倒的に多い。
 なぜか? 
 漢字2文字の名前をはやらせたのは、第52代・嵯峨天皇(実名・神野。当時は乳母の姓をそのまま名前にしていた)。平安京に遷都した桓武天皇(実名は山部)の子どもである。
 嵯峨天皇といえば、平安時代の三筆(さんぴつ。書がうまい人)のひとりくらいしか情報がないと思うのだが――この御仁はとにかく子だくさんだった。50人くらいいたらしい。子どもをすべて国家財政で養ってしまっては、財政が破綻する。そう考えた嵯峨天皇は、子どもを1軍と2軍とに分けて、2軍は臣下とした。
 つまり、2軍の子どもに姓を与えて皇籍から離脱させ、ほかの公家と同様に扱ったのだ。そのとき、1軍の親王には漢字2文字の、2軍の子どもたちには漢字1文字の名を……