今に伝わる瑠璃芸術の逸品 山西省介休市|中国共産党幹部が出版した自己啓発本 平安経 が意味不…|大手門から本丸前まで外から眺めるだけで実感する江戸城…

今に伝わる瑠璃芸術の逸品 山西省介休市

2020/08/01 23:00
【8月1日 Xinhua News】瑠璃(るり)は中国の釉薬の1種で、瓦などの建築材料に使われ、焼成後は含まれる成分により黄金色や緑色になる。南北朝時代の北魏が起源とされ、唐代以降に建築物の装飾として幅広く用いられるようになった。
 山西省(Shanxi)介休市には、保存状態の良い瑠璃建築や瑠璃装飾が今も多く残る。瑠璃の焼成は明清時代に最も盛んに行われ、遼寧省(Liaoning)の瀋陽故宮や盛京三陵(清代初期の皇族陵墓群)にも介休の侯(こう)氏が焼成した瑠璃瓦や瑠璃装飾が使われている。同市の城隍廟(じょうこうびょう、都市の守護神を祭る廟)など建築群の瑠璃もこの時期に焼成されたといわれる。(c)Xinhua News/AFPBB News

中国共産党幹部が出版した自己啓発本『平安経』が意味不明すぎて当局が“マジギレ”(クーリエ・ジャポン)

2020/08/01 20:00
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大手門から本丸前まで外から眺めるだけで実感する江戸城のスケールと防備──東京にみつける江戸 第15回

2020/08/01 20:00
しかし、ここは竹橋を渡って、平川堀を左に見ながら代官町通りを進んでほしい。堀の向こうに望めるのは屏風上に連なる本丸の高石垣で、実に壮観だ。江戸城のとてつもないスケールを、あらためて実感できるだろう。本丸を守るために、北の丸から本丸に続く台地を深く削って堀にしたもので、石垣もこのあたりが江戸城で最も高く、20mを超える。重機がなかった時代の土木工事は想像を絶するが、加えて、江戸は近くから石材を調達できなかったことを思い返してほしい。
左手に高麗門が見えてくる。本丸から城外に直接通じる唯一の門であった北桔橋門(きたはねばしもん)だ。やはり東御苑の出入り口のひとつで、現在はコンクリート製の橋がかかっているが、江戸時代は門を入るとすぐに将軍の居所である本丸御殿であったため、防御のためにその名の通り、ふだんは橋が跳ね上げられていた。この門には別の役割もあった。半蔵門から千鳥ヶ淵沿いに導かれた玉川上水が、2本の木樋(木製の水道管)を通して、ここ本丸に引き込まれていたのだ。