息子のラブレターを代筆する母 平安時代の暴露本 蜻…|豊島名人の棒銀に渡辺挑戦者は飛車を転回 真夏の名人戦…|織田信長のルーツ 裏付ける柴田勝家の書状|他

「息子のラブレターを代筆する母」平安時代の暴露本『蜻蛉日記』作者の毒親っぷりがヤバイ

2020/08/07 11:40
 子供の人生を奪い、ダメにする「毒親」。近年、盛んに使われだした言葉だが、もちろん急に親が「毒化」したわけではない。古代から日本史をたどっていくと、実はあっちもこっちも「毒親」だらけ――『女系図でみる日本争乱史』で、日本の主な争乱がみ〜んな身内の争いだったと喝破した大塚ひかり氏による連載第9回。スケールのでっかい「毒親」と、それに負けない「毒子」も登場。日本史の見方が一変する?!
息子のラブレターの代作をする道綱母 毒親の特徴は「支配的」であること。
 その一つの表れが「介入」です。
 結婚に、仕事に、介入する。そこで自分の欲望を子に押しつける。
 もっとも前近代、仕事の多くは生まれた時に決まっている上、親が結婚に介入するのは当たり前でした。これは度が過ぎている……というケースがあったとしても、果たして当の子どもがどう感じていたか、多くの場合、分かりません。状況証拠によって、憶測で判断するしかないのです。
 そんなふうに状況証拠からして毒親判定できるひとりが、平安時代の道綱母(933/936?〜995)ではないか。
 歌人で、『蜻蛉日記』(975年ころ)の作者として有名な彼女は、当時の女の常で、本名は伝わっていません。その呼び名は、藤原兼家(929〜990)とのあいだに道綱(955〜1020)を生んだことから付けられたものです……

豊島名人の棒銀に渡辺挑戦者は飛車を転回 真夏の名人戦第5局は定跡形からはずれた力戦形に(松本博文)

2020/08/07 10:52
 8月7日。東京・将棋会館において第78期名人戦七番勝負第5局▲豊島将之名人(30歳)-△渡辺明二冠(36歳)戦、1日目の対局が始まりました。
 対局がおこなわれるのは将棋会館4階の特別対局室です。
 床の間を背にして上座に座るのは豊島名人。今日はクリーム色の羽織に淡い緑の和服です。
 渡辺二冠は紺の羽織に薄い青の和服。手元に冷たい飲み物を入れた大きなクーラーバッグを置いているのが、この夏、渡辺二冠がタイトル戦をたたかう上でのスタイルです。
 渡辺二冠は近年、頭髪を刈り込んで涼やかな短髪にしています。江戸時代、御城将棋に出る将棋家の者は剃髪して僧体になるのが慣例だったそうです。そういう意味では渡辺二冠の短髪は、将棋界の古い伝統に近い姿なのかもしれません。
 9時。
「それでは定刻になりましたので、豊島名人の先手番でお願いします」
 立会人の屋敷伸之九段が対局開始の合図をして、両対局者一礼。持ち時間9時間、2日間にわたる長い戦いが始まりました。
 豊島名人は初手に飛車先の歩を突きます。
 対して渡辺挑戦者は2手目、角筋を開けました。そして4手目、角筋を止めます。
 この立ち上がりは第3局と同じです。第3局では渡辺挑戦者が序盤で形勢を損ね、1日目午前中から苦しくなりました。つまりはその修正手順を用意してきた……

「織田信長のルーツ」裏付ける柴田勝家の書状

2020/08/07 10:00
織田一族発祥の地に建てられた織田信長の銅像=福井県越前町織田 戦国時代の風雲児、織田信長。尾張(現在の愛知県)を治め、天下統一に突き進んだ。その信長を出した織田一族発祥の地は福井県にあるとされる。山に囲まれた盆地の越前町織田(おた)地区。由緒ある神社所蔵の史料から、そのつながりが解明されているという。
「殿様御氏神」 同町織田の地に鎮座する劔(つるぎ)神社。国宝に指定されている奈良時代の梵鐘(ぼんしょう)を所蔵する、古くからの由緒を持つお社で、境内の石碑には「織田一族発祥地」と刻まれている。
 この神社の史料のうち、織田一族の由来について端的に触れる文書が、信長の家臣、柴田勝家が神社に出した諸役免許状(しょやくめんきょじょう)だ。
 日付は天正3(1575)年。このころ、勝家は一向一揆を平定し現在の福井県である越前国を治めており、文書は劒神社に課税を免除する内容となっている。その文中に「殿様御氏神」と記されているのだ。

伊予市の古民家「ミュゼ灘屋」で大林宣彦監督の戦争三部作上映

2020/08/07 09:27
 大規模改修を経て、2017(平成29)年4月に伊予市の歴史や文化を発信する施設として再生。フランス語でミュージアムや美術館など文化創造の場を意味する「ミュゼ」を施設の名称に取り入れ、ギャラリーやコミュニティースペース、市民活動の拠点などとしてとして地域の人に活用されている。
 鑑賞会で上映するのは、大林宣彦監督の戦争3部作と呼ばれる「この空の花-長岡花火物語」「野のなななのか」「花筐/HANAGATAMI」と、尾道三部作の完結編である「さびしんぼう」の4本。
 ミュゼ灘屋ではこれまでも毎月1本、1950年代の日本映画鑑賞会を開いてきた。代表の門田眞一さんは「今年4月10日に亡くなった大林監督を追悼し、8月でもあるので、数ある監督の作品の中から『戦争3部作』と呼ばれる3本を選んで上映会開催を決めた」と話す。「4月10日に公開が予定されていた監督の最後の作品『海辺の映画館-キネマの玉手箱』も新型コロナウイルスの影響で上映が遅れ、愛媛での上映は9月ごろの予定。最新作を見る前に、過去の名作を振り返る機会になれば」とも。
 「近所の人が集まって好きな映画を観るような気軽な集まり」と門田さんは笑顔を見せる。「このような時期なので定員10人という規模での開催だが、各回ともまだ数人の参加は可能。映画を見ながら、地震や災害にも負けず300年近くこの場所に立って……

「立秋」です。歳時記は秋を伝えますが、夏の夜空を楽しむなら今がチャンス!

2020/08/07 09:11
入道雲の湧く昼間の空とはうって変わって、夜の空には見ている私たちをおおらかに包みこむ静けさがあります。そんな空を見上げるときやっぱり見つけたいのが流れ星。 流れ星はどこから来るのでしょうか? 静かに輝くお星様とは違うのかしら? 子供の頃そんな疑問をみんな持ったことでしょう。
空に輝く星は大きくて太陽のように燃えているそうです。だから光っているのですね。そして流れ星の元は、宇宙に飛んでいる数ミリから数センチ程度の岩石のかけら、塵ということです。宇宙の塵が地球の大気に飛びこんだとき、大気との摩擦で熱が生じ宇宙塵は燃えて輝きながら線を描いて落ちていきます。これが私たちが目にする流れ星。流れ星はやがて燃え尽きて消えていきます。中には燃え尽きずに地球に落下するものもあり、「隕石が落下」と大きな話題になっています。
夏の林間学校で催された星空教室では、目の前に広がる宇宙の雄大さにワクワクしました。懐かしい子供の頃の思い出です。たとえ宇宙の塵といわれても輝き流れる美しさに感じるロマンに変わりはありません。「流星」は俳句でも季語となっており、それぞれが星に託した思いを詠みこんでいます。
「星飛べり空に淵瀬のあるごとく」 佐藤鬼房
「真実は瞬間にあり流れ星」 マブソン青眼
星の輝き、流れる星、空を隠すように静かに動いて行く雲、夜の空はいつまでも見飽きることがありません。

江戸時代の鉄砲生産の流れを解明 新史料発見、堺鉄砲鍛冶屋敷の企画展

2020/08/07 08:15
堺市×関西大学 企画展「蔵のとびらを開いてみれば~堺鉄砲鍛冶屋敷井上関右衛門家」
 堺市と関西大(大阪府吹田市)は、企画展「蔵のとびらを開いてみれば~堺鉄砲鍛冶屋敷井上関右衛門家」を堺市のさかい利晶の杜で 8月19日から開催する。9月14日まで。
 井上関右衛門家は、堺市に現存する江戸時代前期の鉄砲鍛冶屋敷。堺市と関西大の共同研究調査の結果、日本の鉄砲生産の流れや取引の実態の解明に寄与する総点数2万点を超える第一級の歴史的史料が同屋敷の蔵から発見された、という。企画展では、鉄砲鍛冶と関連職人の分業の実態などが分かるこれらの新資料を紹介する。
 企画展の関連行事として、調査担当者による展示解説(8月22日と9月5日開催)や鉄砲鍛冶の知恵を学ぶワークショップ「やさしく学ぶ火縄銃の仕組み」(8月30日開催)、堺市博物館白神学芸員と鉄砲鍛冶屋敷当主との対談「歴史秘話SAKAI」(9月13日開催、参加費500円)、講演会を実施する。
 講演会は9月6日午後1時から、堺市のフェニーチェ堺で開催。「ここまでわかった!堺の鉄砲鍛冶を支えた人々」と題した関西大名誉教授・兵庫県立歴史博物館館長の藪田貫氏と、「科学の眼でみる火縄銃の銃身」と題する国立歴史民俗博物館教授の齋藤努氏の二つの講演が行われる。
 企画展の観覧料は大人300円、高校生200円、中学……

マナーうんちく話1980《立秋です!季節に同化し、自分なりの「小さな秋」を楽しみませんか?》

2020/08/07 08:14
連日の猛暑で「秋なんてとんでもない」と思われますが、季節は確実に秋になろうと一生懸命頑張っています。
8月7日は二十四節気の一つ「立秋」です。
季節が秋になる努力をしていたら、人もこれに合わさなければいけません。
少しずつ季節と同化し、自分なりの秋をみつけるのもおすすめです。
この時期、年長者には懐かしいと思いますが、1955年に発表されたサトウハチロウ作曲の「小さい秋見つけた」があります。
《誰かさんが 誰かさんが 誰かさんがみつけた ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋見つけた・・・・》とうたわれており、表面的には「秋の発見」ですが、実は望郷の詩だそうです。
ボニージャックスという男性のコーラスグループが歌って一世を風靡しましたが、状況が思い浮かびます。
ちいさい秋を見つけたのは、もちろん目で見つけたのでしょうが、他にも耳や皮膚感覚や味覚、そして心でも見つけています。
《マナーうんちく話》でも以前触れましたが、立秋の歌として有名な藤原敏行の《秋来ぬと めにはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる》があります。
平安時代の貴族や家人は、風の音で秋の気配を感じ取る豊かな感性を持っていたのでしょうね・・・。
この歌が詠まれて千年以上経過した今はデジタル全盛になり、比較にならないくらい豊かで便利な時……

【八尾市】いよいよ夏休み!しおんじやま古墳学習館のオンラインでおうち体験しよう!

2020/08/07 08:00
2020年3月~5月の臨時休校の影響で、遅れてきた夏休み。
しかも約1週間(公立小学校)という短い休みとなってしまいました。
まだまだ新型コロナウイルスが猛威を振るう中、旅行やレジャーも行きづらく感じる人も多いでしょう。
大幅に日数が減った上、どこにも行けない夏休み。
せめておうちでこんな体験はいかがでしょうか?
ハニワこうていでおなじみしおんじやま古墳学習館で行われる『しおんじやま古墳学習館しおんじやま夏の体験まつり』は毎年行われている企画ですが、今年はオンラインで!
8/8きんたい廃校博物館オンライン見学会、ニッポンバラタナゴや水の生き物を知ろう
毎月第3日曜にプレオープン中の生き物のミュージアム「きんたい廃校博物館」を見学
8/9しおんじやま古墳学習館で 大阪の巨大古墳を知ろう!
八尾市にある全長160mの巨大前方後円墳である「国史跡 心合寺山(しおんじやま)古墳」を見学する様子をオンラインで!

やきものどうぶつ展:作品紹介/4 宮川香山(初代)「浮彫蓮子白鷺翡翠図花瓶」 写実性極めた浮き彫り /山口

2020/08/07 07:43
 宮川香山(こうざん)(初代)「浮彫(うきぼり)蓮子(れんづ)白鷺(しらさぎ)翡翠(かわせみ)図花瓶(ずかびん)」明治時代前期、岐阜県現代陶芸美術館蔵
   ◇    ◇
 明治維新を経て、明治時代前期(19世紀)になると、江戸時代後期の細工物など職人的手わざの豊かな仕事を受け継いだ陶工たちが、明治の主力輸出工芸品として、超絶技巧とも呼ばれる写実性を極めた浮き彫り表現による精緻な陶芸作品を多く…

南北朝の古戦場で慰霊祭 小郡市の地元保存会が開催

2020/08/07 07:03
 南北朝時代の正平14(1359)年、現在の福岡県小郡市などで南朝方と北朝方が激突した「大保原(おおぼばる)合戦」(筑後川の戦い)から661年になる6日、戦いの犠牲者を祭った同市大保原の石碑「高卒都婆(たかそとば)」前で地元保存会が慰霊祭を行った。
 大保原合戦は、九州では最大といわれる戦い。後醍醐天皇の皇子で、征西将軍の懐良(かねよし)親王を奉じる南朝方の菊池武光は、4万の軍勢を率いて隈府(熊本県菊池市)を出発し北進。一方、北朝方の有力武将、少弐(しょうに)頼尚(よりひさ)は6万の軍勢を率いて対抗した。
 両軍は、筑後川北岸から、現在の小郡市大保原一帯で激突。北朝方は約3600人、南朝方も約1800人の計5400人以上が討ち死にする激戦が繰り広げられたとされる。この戦いは、勝利した南朝方の九州支配のきっかけになった。
 慰霊祭は昭和47年、隣接地に陸上自衛隊小郡駐屯地の自動車訓練場が開設されて以来、毎年開催されている。この日は、高卒都婆保存会長の稲田光雄大保原自治会長や自衛隊の関係者らが参列。読経の後、焼香し、戦没者を慰霊した。
 大保原合戦では、戦いを終えた武光が、血に染まった刀を川で洗ったという故事から「大刀洗」(大刀洗町)の地名が付いたと伝わる。さらに「宮の陣」(久留米市)などの地名が残るなど、周辺には合戦にゆかりの史跡も多い。ま……

埋文センターの収蔵庫見学ツアーへGO! 親子で甕棺ラビリンスに挑戦

2020/08/07 05:03
愛でよう!埋文はみんなの宝 ところで、埋蔵文化財とはいったい誰のものなのでしょう。国のもの?博物館のもの?見つけた人のもの?
 答えは否!埋蔵文化財は「公共の財産=私たちみんなの宝」なのです。壊さない、失わないための管理は自治体や博物館などが担いますが、私たち市民には埋蔵文化財と出会い、愛で、自由に思いをはせる権利があるのです。約束事を守れば、触れることだってできます。
 「今、遺跡の上にいる皆さんは、知らないうちに遺跡を通じて、遠い時代とつながって毎日生きているんです。その足元の遺跡や、当時の人々の暮らしに関心を持ってほしい」という板倉さん。この夏は埋文センターでお気に入りの「MYBUN(私の埋蔵文化財)」を見つけて、遠い時代の人々とのつながりを体感してみませんか。

広重作品で巡る江戸 川崎浮世絵ギャラリー

2020/08/07 00:00
 JR川崎駅北口「川崎浮世絵ギャラリー〜斎藤文夫コレクション」で8月16日(日)まで、『広重と巡る名所江戸百景』の後期展が開かれている。
 江戸時代後半の浮世絵師・歌川広重の「名所江戸百景」は、1856年から58年にかけて制作された最晩年の大作。広重による118枚、図案家梅素亭玄魚による目録、二代広重作とされる図を含めた揃物だ。後期展では秋・冬の部を公開。浅草寺雷門から眺める境内の雪景が美しい名作「浅草金龍山」など、60点を展示している。
 広重は縦長の画面に遠近法の視点を大胆に用いて、近景にさまざまな事物を極端に大きく描いた。この奇抜な構図について、同ギャラリー学芸員の蛭田裕紀子さんは「見る者に驚きをもたらした」と語る。高度な彫りや摺りの技法が多く見られたことから、「彫師摺師の研ぎ澄まされた技術がこの名作を支えていることが分かる」とも。
 午前11時から午後6時半まで。入館料500円。問合せは【電話】044・280・9511。