人斬り以蔵 も愛用 番付で最上位の 肥前刀|にじ:古墳で観光 /愛知|国宝 寒山図 興味を持って 諏訪で3年ぶりに公開|他

「人斬り以蔵」も愛用 番付で最上位の「肥前刀」

2019/05/21 11:58
 今の佐賀や長崎にあたる「肥前(ひぜん)」は江戸時代、名刀の一大産地だった。刀工の初代忠吉(ただよし)らは、切れ味の番付で最上位に評価され、幕末の志士も愛用した。忠吉とその一門の名刀が、佐賀市の県立博物館で紹介されている。
 首切り役人山田浅右衛門らの試し切りに基づいて書かれた刀剣の評価書「懐宝剣尺(かいほうけんしゃく)」(18世紀)は、切れ味に基づいて、古今の刀工の番付を作成。ランクが最上位にあたる「最上大業物(おおざわもの)」として、世に名高い孫六兼元(まごろくかねもと)や長曽祢虎徹(ながそねこてつ)(興里〈おきさと〉)らとともに、初代忠吉(忠広、橋本新左衛門)と三代忠吉という肥前の刀工を選んでいる。
 初代忠吉は肥前刀の祖とされる、佐賀藩鍋島家のお抱え鍛冶(かじ)。一門から明治の9代まで100人を超す刀工が輩出し、将軍家へも献上された。幕末には「人斬り以蔵」として知られる土佐の岡田以蔵も愛用したとされる。
 現在開催中の展覧会では、歴代忠吉一門の刀のほか、植物や南蛮船などの意匠が施された鐔(つば)など常時48件を展示中。会期中展示替えをしながら、計75件を紹介する予定。初代忠吉の刀は慶長5(1600)年の作で、切先が大きく、刀身の幅が広い実戦的なもの。同じ肥前の初代宗次の刀と拵(こしらえ)(17世紀、佐賀県重要文化財)は、豊臣秀吉による朝……

にじ:古墳で観光 /愛知

2019/05/21 11:33
 昨年12月、観光振興に詳しい須田寛・JR東海相談役に取材したところ、「名古屋には多くの古墳が残っている。うまく生かせば観光資源になりますよ」と言われた。さて、古墳が観光施設になるのかしら。
 そう思っていたら、今春、名古屋市守山区志段味地区に「体感! しだみ古墳群ミュージアム」が開館した。
 古墳の基本が分かりやすく展示してあり、…

国宝「寒山図」興味を持って 諏訪で3年ぶりに公開

2019/05/21 11:05
 諏訪市のサンリツ服部美術館で、南北朝時代に描かれた水墨画で国宝の「寒山図(かんざんず)」が3年ぶりに公開されている。松本市の重要文化財「旧開智学校校舎」が国宝に指定されることを受け、同館は「多くの人たちが既存の国宝にも興味を示すきっかけになればいい」と期待している。
 18日から始まった「日本・中国絵画展 画家たちの技と表現」の後期展で展示。旧開智学校校舎の国宝指定答申とたまたま時期が重なった。
 寒山図は南北朝時代の僧・可翁(かおう)の筆とされ、唐の僧・寒山を描いた作品。ぼろをまとい、ぼさぼさの髪でひょうひょうとした笑みを浮かべている。1952(昭和27)年に国宝指定され、77年に国宝シリーズの50円切手にも採用された。秘蔵にされてきたが、2016年にセイコーエプソン(諏訪市)初代社長の故服部一郎さんの没後30年特別企画の展示で公開された。
 同展では、鎌倉時代の絵巻物など計36点を展示。19日、来場者からは「諏訪市にも国宝があるとは知らなかった」との声も。学芸員の藤生明日美さん(34)は「画家たちの技法にも注目し、作品を楽しんでほしい」と話している。
 6月30日まで。入館料は大人1100円、小中学生400円。月曜休館。同館が所蔵するもう一つの国宝「白楽茶碗(しろらくちゃわん)銘不二山(ふじさん)」も7月に展示を予定している。……

連載エッセイ

2019/05/21 11:04
富士山に浅草寺とスカイツリーが描かれた壁画に囲まれて、地元の方々とのんびり湯に浸かる。ちなみに湯は44〜45℃と熱め。熱い湯で疲れを癒していると、常連さんが浅草界隈のいい湯の銭湯、いい酒場を教えてくれる。
国際通りの西側、言問通りの北側に渡れば、その表情は昔のままだが、街の中心は開発が進んでいる。観光を資源にしているが故にそれに迎合し過ぎてバリューを失いつつある場所があったり、観光の受け皿となる施設を作るためにそれを支える観光コンテンツをつぶしたり、昔と今が絶妙に融合しているとは言い切れない。けれど、ひとつひとつに江戸から受け継がれた町人文化・商人文化は深く息づいているし、これからもそれを紡いでいくだろうと思う。これほどまでに興趣が尽きない街は他にない。
三浦屋
住所|東京都台東区浅草2-19-9
TEL|03-3841-3151
営業|12:00-21:30
定休|4月~7月 毎週水・木曜日
8月 1ケ月休業
9月 毎週水・木曜日
10月 毎週水曜日
12月31日~1月2日
浅草ロック座
住所|東京都台東区浅草2-10-12
TEL|03-3844-0693
営業|一回目公演 : 13:00-14:40
二回目公演 : 15:00-16:40
三回目公演 :……

平城宮跡の門復元で儀式=奈良市〔地域〕

2019/05/21 10:24
国土交通省近畿地方整備局が復元を進めている、特別史跡・平城宮跡(奈良市)の「第一次大極殿院南門」の建築現場で、工事の安全を祈願する立柱を再現する儀式が ...

「最古」陥落の丸岡城、国宝への意地

2019/05/21 10:00
 戦国時代、一向一揆に対抗する狙いで、織田信長が柴田勝家のおいに築かせたとされる丸岡城(福井県坂井市)。「霞ケ城」の別名でも知られ、春に桜の中に天守(国指定重要文化財)が浮かぶ姿や、冬に雪化粧する様子も美しい。この名城に今年3月、悲報がもたらされた。天守は全国に現存する12天守の中で最古とされてきたが、その座を明け渡すことになったのだ。
調べない方が…
 坂井市などによると、丸岡城は天正4(1576)年、勝家のおい、柴田勝豊(かつとよ)が信長から「越前平定」の命を受け、拠点として築いたと伝わっている。徳川家康の天下統一後の慶長18(1613)年には福井藩の付家老、本多成重(ほんだ・なりしげ)が入り、寛永元年(1624)に福井藩から独立して丸岡藩が成立した。
 2重3階の天守は建築様式が「望楼型」、土台となる石垣は自然石を積み上げた「野面積(のづらづみ)」。戦国時代の古い形式であり、こうしたこともあって、天守の創建は築城時期と同じ天正4年説が通説となり、最古の天守とされてきた。
 しかし、市教委の4年に及ぶ学術調査の結果から、この説が覆った。
 市教委が3月に発表した調査結果によると、平成27(2015)年から行っていた調査で、天守の創建年代を割り出すため、年輪年代測定▽放射性炭素年代測定▽酸素同位体年代調査-の3種類の科学的方法を用……

江戸時代に日本とロシアの架け橋となった海商・高田屋嘉兵衛の生涯 その1

2019/05/21 09:54
皆さんは「高田屋嘉兵衛」をご存知でしょうか。彼は江戸時代後期の船乗りで、北海道箱館(現在の函館市)の発展、択捉島の開拓に大きく貢献したほか、後年には数奇な運命から、当時関係悪化していた日本とロシアの架け橋となった人物です。
「高田屋嘉兵衛」の物語は、太平洋戦争以前の小学校の教科書に掲載されており、子供たちは11歳になると必ず彼について学んだのだそうです。今回はそんな「高田屋嘉兵衛」の生涯をご紹介します。
高田屋嘉兵衛の少年時代明和6年(1769)、嘉兵衛(幼名・菊弥)は兵庫県淡路島に生まれました。海が身近な環境の影響もあって彼は幼い頃より海と船が好きで、将来は船乗りになりたいと夢を抱きます。暇さえあれば海を観察していた彼は、子供ながらに天候や潮流をよむ力を身に着けました。
そんな嘉兵衛も10代後半で成人し、隣村の親戚の家に奉公に出ると「他村の者」という理由で同年代の青少年たちから壮絶ないじめに遭います。暴言や暴力にさらされる日々で嘉兵衛の心身は弱りましたが、それでも彼は船乗りになる夢のために小規模の船で漁師仕事を手伝い、航海技術を学ぶ事は怠りませんでした。
淡路島を出て兵庫へ寛政2年(1790)、22歳になるとついに嘉兵衛は島を出て、兵庫で廻船問屋を営む親戚の堺屋喜兵衛の元に身を寄せます。嘉兵衛は酷いいじめを受けた島での生活から一転、喜兵……

<日本遺産>「みちのくGOLD浪漫」認定 金の産出通じ歴史と観光の融合アピール

2019/05/21 09:22
 宮城県涌谷町で749年、日本で初めて金が産出されてから、東北では独自の金文化が発展した。「みちのくGOLD浪漫」として認定された宮城、岩手両県の5市町は、歴史と観光を融合させたPR活動を続けてきた。
 涌谷町の金は東大寺の大仏の鍍金(ときん)に使われ、歌人の大伴家持が万葉集で「金(くがね)花咲く」と詠じた。町内には国史跡の黄金山産金遺跡がある。陸前高田市の玉山金山は江戸時代に仙台藩の財政を支えたといわれる。
 岩手県平泉町の中尊寺金色堂には気仙沼市と宮城県南三陸町の砂金が用いられた。金は富の象徴としてだけではなく、祈りの対象でもあったという。
 2016年から各自治体の担当者が連携。歴史・文化をアピールしてきたほか、東日本大震災からの復興の願いを加え、日本遺産認定を目指してきた。
 3度目の申請で念願を果たし、涌谷町生涯学習課文化財保護班の福山宗志班長(46)は「これからも幅広く魅力を伝え、東北の知名度が上がるようにしたい」と気持ちを新たにする。

 文化庁は20日、地域の歴史や文化財に物語性を持たせて魅力を発信する「日本遺産」の第5弾として宮城、岩手両県を含む21道府県の16件を新たに認定した。
 東北関連は気仙沼市、宮城県南三陸町、宮城県涌谷町、陸前高田市、岩手県平泉町の5市町が連携した「みちのくGOLD浪漫(ろ……

歴史、地形 沼田を知る 市内に資料館 ジオラマ、パネル使い紹介

2019/05/21 07:55
 常設展示室の中心には、沼田の地形の特徴・河岸段丘を分かりやすく示した大型のジオラマと、沼田の城下町の床マップを設置。取り囲むように、「狩猟から農耕へ」「沼田城攻略 真田氏の治世」などのコーナーを設けて史料やパネルを使い、各時代の沼田の様子や文化、人々の暮らしなどを解説している。県重要文化財の三光院所蔵「十一面観音像」(鎌倉時代)の複製も展示されている。

日本遺産「西国三十三所」認定 和歌山も喜びの声

2019/05/21 07:17
 文化庁が20日、新たに認定した「日本遺産」に、和歌山県内の紀三井寺(和歌山市)や粉河寺(紀の川市)、青岸渡寺(那智勝浦町)を構成文化財に含む「1300年つづく日本の終活の旅~西国三十三所観音巡礼~」が選ばれた。中でも紀三井寺は、平成29年度の日本遺産認定に続く2度目の構成文化財入りで、関係者からは喜びの声が上がった。
 日本遺産には今回、全国で計16件が認定された。和歌山県内で日本遺産が認定されるのは5件目となる。
 西国三十三所は、近畿地方と岐阜県にまたがる日本最古の巡礼路とされる。奈良時代の養老2(718)年、長谷寺(奈良県桜井市)の徳道上人が夢の中で閻魔(えんま)大王からお告げを受け、人々に巡礼を勧めたことが始まりとされ、昨年草創1300年を迎えた。
 認定では、西国三十三所の観音巡礼が日本人本来の豊かな心で充実して生きるきっかけとなり、人生の締めくくりに備える「終活」を達成できるとされた。
 和歌山県内の構成文化財は、青岸渡寺▽紀三井寺▽粉河寺-とそれぞれの観音像で、順に、西国三十三所巡りの1~3番札所となっている。
 日本遺産への認定を受け、紀三井寺の前田泰道貫主は「1300年にわたり巡礼者が観音様を慕い歩き、踏み固められた道が認定されたのは本当にありがたい。さらに知名度が上がることで、現代の人も西国巡礼を始めるきっかけ……

日本遺産に認定、泉佐野市「中世日根荘の風景」

2019/05/21 07:06
 文化庁の「日本遺産」には大阪府内から、泉佐野市が申請したストーリー「旅引付(たびひきつけ)と二枚の絵図が伝えるまち-中世日根荘(ひねのしょう)の風景-」も認定された。中世の村の生活を記録した絵図2枚と貴族の日記が基になっており、魅力ある農村の景観が現在に受け継がれていると評価された。
 市文化財保護課によると、「日根荘」は鎌倉時代の天福2(1234)年に有力貴族の九条家の領地として成立。戦国時代の享禄3(1530)年ごろまで記録が残っている。成立当初は現在の同市のほぼ全域に広がっていた。
 ストーリーの基になった2枚の「日根野村絵図」=宮内庁所蔵=は、鎌倉末期の延慶3(1310)年ごろと正和5(1316)年の荘園の様子を描いたものとされ、作者は不明。緑豊かな風景に、田畑を潤すため池や水路、社寺などが描かれている。
 日記は「政基公旅引付」と呼ばれ、領主の九条政基(くじょう・まさもと)が戦国期の文亀元(1501)年~永正元(1504)年の4年間、日根荘に滞在中に記したとされる。村の祭りや、罪人が捕らえられる様子、寺の住職が酒でもてなしてくれたことなどが記されている。
 同課は「中世の荘園の様子がこれだけ確実な史料として残っている例は全国でもほかにない」と話す。

のどかな稲作地帯に田植唄がこだまする

2019/05/21 05:59
 大勢で歌ったり太鼓を叩いたりしながら賑やかに田植えを行う民俗行事は、室町時代に起源を持つという。当時は儀礼のほかに農民の慰労や娯楽の役割も果たしていた。平成23年(2011)にユネスコの無形文化遺産に登録された。
 祭り当日、正午に壬生地区の花田植会場において、子ども田楽や、同地の戦国武将吉川氏の逸話にまつわる「本地の花笠踊り」などが披露される。花田植が始まるのは14時から。家紋や屋号、名字などを染めた幟(のぼり)を立てた花鞍(飾り鞍)を背にした、12~15頭の「飾り牛」が田に入って代掻(しろか)きをする。ささらを手にした総指揮者「三拝(さんばい)」の田植唄(親唄)に合わせて、絣の着物にたすき掛け、菅笠姿の早乙女たちが子唄(こうた)を歌いながら苗を植えていく。囃子方の大太鼓が、見事なバチさばきで打ち鳴らしつつ隣にバチを投げ渡す所作も見どころの一つだ。
 このほか、壬生商店街では各団体が会場へ向かう行進の様子が見られるほか、別会場の千代田開発センターでは神楽の上演(有料)もあり、伝統芸能が満喫できる。

長谷川博己迫る 光秀の神秘性 自ら演じる武将の墓前で成功の誓い

2019/05/21 05:30
来年1月放送開始のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」の主演・長谷川博己(42)が20日、主人公の戦国武将・明智光秀の菩提(ぼだい)寺とされる滋賀県大津市の西教寺を訪れ ...

日本遺産追加認定「滝ケ原石の加工技術」 継承 一手に引き受ける

2019/05/21 05:09
 「一度削ってしまうと、元には戻せない難しさがある」と中谷さん。繊細な職人技が必要だが、四角い石が徐々に丸みを帯びる過程は美しい。「モアイ像やエジプトのピラミッドを想像してほしい。石ならではの魅力がある」。三年ほど前には縦一メートル、横二・五メートルほどの石材に竜虎を彫った。制作に四カ月かかったという大作で、自宅ギャラリー近くで訪問者を迎える。

伝説の地「趣変わった」 伊賀で千方ウォーキング

2019/05/21 05:05
 平安時代に伊賀や奥伊勢を治めたとされる貴族、藤原千方ゆかりの史跡を訪れる「千方ウォーキング」が十九日、伊賀市高尾で開かれた。市内を中心に六十人が参加。スギやヒノキの木立を貫く山道を歩き、深まる緑に初夏を感じていた。

やっぱり快慶作の仏像の可能性 胎内に巻物も 愛知

2019/05/21 01:49
 愛知県岡崎市の瀧山寺(たきさんじ)が所蔵する十一面観音菩薩(ぼさつ)立像の制作者が、鎌倉時代前期に活躍した仏師快慶か、快慶工房内の仏師である可能性が高いことがわかった。多摩美術大の青木淳教授(日本美術史)が20日発表した。X線調査などの結果、仏像の構造が快慶初期の作品に似ているという。
 十一面観音菩薩立像は高さ約50センチ。愛知県史によると、ヒノキとみられる針葉樹を使い、鎌倉時代に造られたとされる。体の部分は金泥が塗られている。山田亮盛住職によると、作者は不明だった。
 青木教授が約2年かけ、全国の快慶作とされる仏像や類似した約20体をX線調査。その過程で、文化財には指定されていない十一面観音菩薩立像を調べ、ほかの仏像と比較。胎内に納入品を入れるための後頭部の仕掛けが、快慶の技法に類似していたという。
 さらに、X線画像には脚部胎内に長さ8センチほどの巻物のようなものが3本写っていた。胎内に納入品があることも快慶作品の特徴とされ、こうした共通点から快慶作品か快慶工房での作品と判断したという。青木教授は「タイムカプセルをのぞき見ることができたのは喜びだ。快慶周辺の足跡を考えるきっかけができた」と説明する。
 奈良国立博物館の岩井共二研究員(仏教彫刻史)によると、関係者の間では快慶系統の作品という説が有力だった。岩井研究員は「歴史的な位置……