令和をよむ 祝・世界遺産…の前になんと呼ぶ? 日本…|旅籠建築潜む謎 復元終えた小郡市の 旧松崎旅籠油屋 …|企画展:九州武将肖像画最古 松浦義像 平戸 /長崎|他

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【令和をよむ】祝・世界遺産…の前になんと呼ぶ? 日本最大の古墳の“呼び名”は

2019/05/21 17:27
 世界遺産に登録される見通しの「百舌鳥・古市古墳群」。49基の中でシンボル的な存在なのが仁徳天皇が眠るとされる日本最大の古墳ですが、この古墳の呼び名がちょっとした物議を醸しています。
 ついに世界遺産へ。百舌鳥・古市古墳群のなかでひときわ目を引く全長500メートル、日本最大の前方後円墳、その名称は?
 「仁徳天皇陵。でもいま名前違うんですよね」(東京からの観光客)
 「仁徳天皇陵で、うちの息子世代は大山古墳」(大阪府民)
 なぜか「仁徳天皇陵」派と「大山古墳」派にわかれました。その理由は?古墳について研究している専門家によると…
 「『仁徳天皇陵』というのは宮内庁が決めて、多くの人がそう思っている。これは陵墓として…本当は『百舌鳥耳原中陵』。便宜的に仁徳天皇陵と言っている」(関西大学非常勤講師 今尾文昭さん)
 「陵墓(りょうぼ)」とは歴代天皇・皇后や皇族の墓のこと。宮内庁によると完成は5世紀ごろ、約300年前に朝廷が「仁徳天皇陵」と定め、いまも宮内庁管理の元、受け継がれているため、こう呼ぶ人が多いようです。ところが。
 「『仁徳天皇陵』と言っても書いた史料が出たわけではない。研究が進んでくると、実在したかどうかを疑っている人もいる。被葬者を前提化しない、江戸時代の人が呼んでいた『大山古墳』という言い方をしている」(今尾……

旅籠建築潜む謎 復元終えた小郡市の「旧松崎旅籠油屋」 板外すと「配膳穴」?「貴重品箱」?

2019/05/21 16:28
 東海道や中山道といった本州の五街道沿いには江戸時代の旅籠(はたご)建築が点在しているが、九州にはほとんど残っていない。だが福岡県小郡市松崎の「旧松崎旅籠油屋」(市指定有形文化財)は、旧薩摩街道沿いに現存する九州で珍しい旅籠建築だ。3月、足かけ8年間に及ぶ調査と復元工事を終え、往時の姿によみがえった。建物には旅籠ならではの“秘密”が潜んでいた。
 市中央部を東西に横切る国道500号の南側、こぢんまりとした商店が立ち並ぶ旧街道筋に入ると、油屋はある。「御宿」「油屋」と大書された看板と2階の窓(障子戸)、1階の格子壁が目を引く。
 「実は2階の窓は、旅籠にしかなかったんですよ」。小郡市埋蔵文化財調査センターの片岡宏二所長(62)が2階を見上げて話した。
 街道は参勤交代の際、大名行列が進む。行列を見下ろす窓なぞ「頭が高い!」ということになりかねない。当時の街道沿いで、高い位置にある窓は通気口程度しか認められなかった。だが2階に客間がある旅籠の場合、客を暗く湿った部屋に押し込めるわけにもいかない。故に障子戸などの建具が認められていたという。
 主屋に入ると、広々とした土間と、1・8メートル幅の大階段が存在感を放つ。旅籠とは宿泊施設であり、食堂でもあった。大勢の客をもてなすためかまどの火を絶やさず、屋内は湯気や煙が立ち込めていただろう。格子壁は換……

企画展:九州武将肖像画最古「松浦義像」 平戸 /長崎

2019/05/21 15:56
 平戸市の松浦史料博物館で企画展「武家の装い」が開かれている。室町時代から江戸時代の藩主の肖像画や武具、古文書など25点が展示されている。6月30日まで。
 1438年に描かれた県指定文化財の「松浦義(まつらよろし)像」は、九州の武将肖像画で最も古いものとされ、室町幕府6代将軍、足利義教の花押が添えら…

山麓の古墳展:短甲など180点展示 葛城市歴史博物館 /奈良

2019/05/21 15:55
 葛城市歴史博物館(同市忍海)で春季企画展「発掘 葛城山麓(さんろく)の古墳」が始まった。葛城市の葛城山麓を中心に古墳時代の発掘成果を紹介し、遺物など計約180点を展示している。改修工事で休館中の県立橿原考古学研究所付属博物館(橿原市)の館蔵品を活用して公開する取り組みの第1弾で、6月30日まで。
 葛城山麓は古墳時代に豪族の葛城氏が勢力を張った地域で、数多くの古墳が残る。企画展では、市内の古墳の他、群集墳5カ所の遺物などを紹介している。
 屋敷山古墳(5世紀中葉から後半)や平林古墳(6世紀後半)といった知名度の高い前方後円墳から見つかっ…

「令和」に変わって最初の展覧会 「知られざる?!大和文華館コレクション展」を開催します

2019/05/21 15:07
近鉄グループの文化事業である大和文華館では、2019年5月24日(金)から7月7日(日)まで、「知られざる?!大和文華館コレクション展」を開催します。
大和文華館のコレクションの礎を築いた、初代館長の美術史家・矢代幸雄(1890~1975)は、コレクション収集に際して、時代や地域、ジャンルに偏りがないことを重視しました。鑑賞価値を第一に、個人の趣味や好みに影響されない、美術史を意識したバランスの良いコレクションを目指し、土偶や土器、埴輪といった日本考古の遺品も収集しており、重要文化財に指定される埴輪を二件所蔵しています。
展覧会では、近年の研究によってその重要性が再認識された考古遺品や絵画、彫刻に着目し、普段あまり展示されない、知られざるコレクションの一端をご紹介します。展示作品を通じて、コレクションの奥深さを味わっていただければと考えています。
画像1: https://www.atpress.ne.jp/releases/184418/img_184418_1.jpg
土偶立像 縄文時代
画像2: https://www.atpress.ne.jp/releases/184418/img_184418_2.jpg
重文 埴輪鷹狩男子像 古墳時代
<1> 展覧会について
1.名称 「知られざる?!大和文華館コ……

村人が”発掘”した陵墓参考地 数奇な運命で「守られた」大型前方後円墳

2019/05/21 15:06
写真・上空から撮影した雲部車塚古墳。周囲には3カ所ほどの「陪塚(ばいちょう)」が残っている=兵庫県丹波篠山市東本荘で(丹波篠山市教育委員会提供) 兵庫県丹波篠山市にある「雲部車塚(くもべくるまづか)古墳」は、ユネスコの世界文化遺産登録の見通しで注目が集まる「大山(だいせん)古墳」(堺市)と同じ大型の前方後円墳。大山古墳は、仁徳天皇陵と伝わるが、雲部車塚古墳は、被葬者を特定できないものの皇族の可能性があるとされる「陵墓参考地」の1つ。通常、陵墓や陵墓参考地は学術的な立ち入りがほとんど行われていないが、この雲部車塚古墳、明治時代になんと「村人」によって発掘されたことがある。この時見つかった副葬品の一部が京都大学総合博物館に保管され、貴重な研究資料となっている。村人による発掘、そして、宮内庁管理の陵墓参考地となるまでには、時代を背景にした数奇なドラマがあった。
明治時代に村人たちが石室発掘
写真・明治時代の発掘当時に描かれた雲部車塚古墳の全体図。濠が埋められているのが分かる 雲部車塚古墳は、兵庫県内で2番目に大きい前方後円墳。墳丘の長さは158メートルあり、周囲は濠で囲まれている。
 発掘が行われたのは明治29年(1896)5月19日。地元の有力者・波部本次郎、雲部村の村長・木戸勇助、丹波篠山出身の考古学者・八木奘三郎の3人が車塚を訪れ、八木が「これ……

向日市:古墳買い上げへ 「五塚原」「寺戸大塚」の2基調査 卑弥呼時代の築造、観光資源に /京都

2019/05/21 14:55
 向日市は20日、国史跡の乙訓古墳群に属する「五塚原(いつかはら)古墳」と「寺戸大塚(てらどおおつか)古墳」(共に同市寺戸町芝山)を調査・活用するため、市有地として買い上げると発表した。五塚原古墳は「魏志倭人伝」に記された邪馬台国の女王・卑弥呼と同時代に当たる3世紀中後期の築造とみられており、安田守市長は取材に対し、「卑弥呼の時代の古墳とみられ、全容を解明した上で、将来的には観光資源となるよう整備していきたい」と述べた。
 五塚原古墳は全長91・2メートルの前方後円墳で、これまで市教委などによる10次にわたる部分的調査で…

女優、京マチ子さんを悼む

2019/05/21 14:54
 戦後日本の映画史を象徴する名作の数々に出演した女優の京マチ子さんが12日、95歳で死去した。出演作の「羅生門」「雨月物語」「地獄門」が世界最高峰の国際映画祭で次々と最高賞などに輝いた「グランプリ女優」。妖艶(ようえん)で、生命力あふれる現代的な女性まで幅広く演じ分けた不世出のヒロインだった。
 ■自分律し作品にこだわり 女優・山本富士子さん
 京さんは、私が大映に入る前からあこがれの存在でした。京都撮影所を代表する俳優が長谷川一夫さん(1908~84年)、東京撮影所の代表が京さんで、そこでは近づきがたい感じがしたものです。
 京さんとは5本ほど共演しました。一番印象に残っているのは「夜の蝶」(昭和32年)です。京さんと私が演じる2人のバーのマダムが、銀座を舞台に経営などをめぐって丁々発止を繰り広げるお話で、大ヒットしました。
 京さんはスタイルがよく、体を鍛えて、いつも背筋がピンと伸びていました。常に自分自身を磨くことを怠らない人でした。
 昭和30年代は日本映画の黄金時代で、たくさんの作品が撮影されましたが、京さんはあまり数をやらなかった印象があります。仕事をきちんと選んで、一本一本をとても大切に、納得のいく作品に出ていました。

「男性上司に言えない、女性同士でも話しづらい…」今もタブー視される生理、理解促進には男女の”歩み寄り”が必要?

2019/05/21 14:52
 生理用品の歴史に詳しく、『生理用品の社会史』という著書もある歴史社会学者の田中ひかる氏は「明治時代でいえば、子どもを5人産んだとして、昔は授乳期間も長かったことを考えると、生涯で50回くらいしかなかった。今はその9倍くらい経験することになるので、人類史上最も月経の回数が多い時代とも言える。月経痛の原因になる月経困難症などの原因もそこにあると考えられている」と話す。
 また、生理がタブー視される背景については、「月経と”穢れ”は切っても切れない関係にあった。平安時代、妻が生理の時、夫は宮廷に仕事に行ってはいけないという決まりもあった。この”男の生理休暇”みたいなものは明治時代まで続いていた。あるいは室町時代には大陸から血盆経という偽のお経が入ってきた。その内容は、女性は経血と出産時の出血で土地や水の神様を穢しているから、死んだら必ず血の池地獄に落ちる、それが嫌なら血盆経を唱えなさいという教え。江戸時代、女性信徒を獲得するために各宗派が唱道したこともあり、地域によっては小屋に女性を隔離することもあった。相撲の土俵問題にもそういうルーツがある」と説明。「ネパールのチャウパディという慣習では、女性が穴のようなところに隔離され、暖を取るために焚いた火の煙や、毒蛇に噛まれたことにより死者も出ている。ヨーロッパでも月経中の女性が植物に触ると枯れる、マヨネーズを上手に作……

レッツエンジョイ平清水 山形在住の米出身男性がインバウンド向けツアー

2019/05/21 14:07
 米オレゴン州出身で山形市在住のジョン・デンリンガーさん(40)が、同市平清水地区を舞台に訪日外国人旅行者(インバウンド)向けのガイドツアーを始めた。江戸時代から続く平清水焼の窯元での陶芸体験や純米酒の試飲、由緒ある寺の散策をデンリンガーさんのガイド付きで楽しめる。デンリンガーさんは「観光地化していない自然な日本が残る平清水を楽しんでほしい」と話す。
 ツアーでは平清水焼の窯元「七右エ門窯」で陶芸体験や工房見学の後、奈良時代の高僧行基の開山と言われる古刹(こさつ)の平泉寺を散策。その後、純米酒専門店「La Jomon(らじょうもん)」での厳選純米酒や山形県産果物100%ジュースなどを試飲する。
 デンリンガーさんは山形市に本社がある石英ガラス製造会社の関連会社(オレゴン州)で勤務中、2017年1月に人事交流の一環で初めて来日し、約1年半、山形市で働いた。退職後、日本人女性と結婚し、18年11月から再び同市で生活している。
 以前から旅行好きだったデンリンガーさんは、友人の勧めで平清水を知った。市街地を見渡せる千歳山や穏やかに流れる小川、200年以上受け継がれてきた平清水焼と山里の静けさに魅力を感じた。「まだ観光地化されていない自然な日本が残っていて感動した。多くの人に知ってほしい」とツアーを企画した。
 4月27日には、初めて米国からの観……

江戸時代後期は猫がブームに 篤姫の愛猫には世話係3人、50日間のエサ代約250万円

2019/05/21 13:25
皇居東御苑は季節の花々が楽しめる皇居附属の庭園で、無料で一般公開されている 江戸時代後期は猫がブームになり、女中でも身分の高い女性らはほとんど飼っていた ...

仏像:鎌倉時代作 黄門様が那珂・常福寺に寄贈 高さ1.5センチ、時代最小の可能性 神奈川県立金沢文庫調査 /茨城

2019/05/21 12:37
 那珂市瓜連にある水戸徳川家の菩提(ぼだい)寺「常福寺」が所蔵する約1・5センチの仏像が、鎌倉時代の製作であることが、神奈川県立金沢文庫(横浜市金沢区)の調査で判明した。鎌倉時代に作られた最小の仏像の可能性があるという。【川崎健】
 常福寺は浄土宗の寺院で、1338年に開山した。仏像は「水戸黄門」で知られる2代藩主・徳川光圀が所持し、寺に寄贈した「厨子入阿弥陀三尊像(ずしいりあみださんぞんぞう)」。光圀が寄贈したことを記した自筆の文書が寺に残されている。
 金沢文庫によると、三尊像は中央の中尊阿弥陀如来像(高さ約1・5センチ)と脇侍像2体(同約8ミリ)。…

中村獅童主演『オフシアター歌舞伎 女殺油地獄』は、江戸時代の「ボヘミアン・ラプソディ」か……? 歌舞伎町であなたは“…

2019/05/21 12:00
舞台は約300年前、江戸時代の大阪です。油を商う河内屋の次男・与兵衛(中村獅童)は、店の金を持ち出しては遊郭で放蕩の限りを尽くすドラ息子。それでも遊ぶ金が足りない与兵衛は、家族には内密に父親の名義で大金を借り、その返済期限は目前に迫っています。度重なる喧嘩や身勝手な態度に、とうとう与兵衛は勘当されてしまいますが、それでも息子を見捨てきれない両親は同じ町内の油屋・豊島屋の女房、お吉(中村壱太郎)に「与兵衛が頼ってきたら渡してくれ」と金を預けていきました。これを陰で聞いていた与兵衛は涙を流しながら両親からの金を受け取りますが、返済額には程遠い金額。これ以上親に迷惑をかけられないと思った与兵衛はお吉に金の無心をしますが、これを断られてしまいます。それならば油を貸してほしい、と懇願する与兵衛。その願いを受け入れ油を移し替えるお吉の後ろで、与兵衛は刀を抜き……。
圧巻なのは、観客の目線にほど近い舞台と、歌舞伎独特の舞台装置である「花道」の代わりに役者が客席の間の通路を歩いて登場する趣向です。「芝居を観劇しているというよりも、デジタルがあふれる現代からアナログな歌舞伎の世界にタイムスリップして“事件を目撃してしまった”という空気感になればいい」という獅童。登場人物たちとほぼ同じ目線で芝居を観ていると、あたかも実際の犯罪現場に立ち合ってしまったかのような感覚に襲われます……