県の指定文化財 新たに2件指定|木造の あうん 修復終え男前に 奈良国立博物館で特別…|風呂敷はお風呂が起源?!今どきの風呂敷利用実態調査:…|他

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県の指定文化財 新たに2件指定

2021/02/23 11:56
 県教育委員会は、県指定の文化財に有形、無形、それぞれ1件ずつを新たに指定すると発表しました。
 このうち、無形民俗文化財に新たに指定されるのは「美郷町備長炭製炭技術保存会の備長炭製炭」です。県教委によりますと、美郷町は古くから備長炭の主要な産地で、他の地域の技術を取り込み、製炭法や窯の改良を行うことで独自の製炭技術を確立していることや自然林保全の取り組みが評価されました。一方、有形文化財には、門川町の勝蓮寺が所有する「木造日蓮聖人坐像」を指定。室町時代の1394年に作られたことが確認でき、中世の仏教史などを考察するうえで貴重なものということです。

木造の「あうん」修復終え男前に 奈良国立博物館で特別公開

2021/02/23 11:39
 寺境内で行われた1973年度以来の修理で、仁王像が境内から運び出されたのは今回が初めてという。像は2019年夏に寺から博物館内の文化財保存修理所に移され、虫食いや剥落の危険があった部分を樹脂などで補修した。
 金峯山寺の五條良知管長は「修理を経て2体ともより健やかに、男前にしてもらえた。頭から指の先までじっくり拝んでもらえれば」と話している。
 一般700円、大学生350円。ハローダイヤル(050・5542・8600)。【加藤佑輔】

風呂敷はお風呂が起源?!今どきの風呂敷利用実態調査:時事ドットコム

2021/02/23 11:16
風呂敷はお風呂が起源?!今どきの風呂敷利用実態調査:時事ドットコム  時事通信

梅薫る春、寺宝を堪能 京都・相国寺丞天閣美術館

2021/02/23 11:00
 京都の相国寺承天閣美術館(京都市上京区)で、「梅の余薫」と「相国寺の歴史と寺宝」という、異なる企画をまとめた宝物展が催されている。創作に欠かせないモチーフとしてもてはやされた梅の花に焦点をあてる一方、山外塔頭(たっちゅう)の鹿苑寺(金閣)や慈照寺(銀閣)も加えて寺の歴史を寺宝からたどる、ぜいたくな2本立てだ。
 「万葉集」のころからめでられた梅は平安時代以降、その人気を桜に譲るが、禅の世界では依然として重要な題材だった。酷寒のなかでいち早く春を告げる梅の花に多くの禅僧は思いを寄せてそのかれんな姿を描き、詠んだ。
 慈照寺蔵の「墨梅図」は、濃淡が複雑な味わいをみせる水墨画ならではの繊細さ。早朝のひとときだろうか、張り詰めた冷気に紅白の花が咲き誇る。モノトーンにもかかわらず色彩の対比を鮮やかに描き分けた妙技に目を見張る。
 室町後期の画僧、雪村周継の手になる花鳥図は、花弁もまだ十分に開かない枝にモズが止まり、早春の寒さにじっと耐えているかのよう。シンプルかつ清楚(せいそ)な印象のなかにも、控えめに顔を出す早咲きの一輪や、くるりと弧を描く小枝がチャーミングだ。
 京都五山の一角を占めた相国寺…

一里塚のエノキは「時代の道しるべ」 治療始まる 愛知

2021/02/23 11:00
 江戸時代に築かれた笠寺一里塚(名古屋市南区笠寺町、白雲町)で、衰えが目立っていた樹齢400年のエノキの治療が始まった。樹木医たちは、「木の生命力」に期待して様々な治療方法を試みる。治療費用に寄付をした地域住民らも、その効果を気にかけている。
     ◇
 笠寺一里塚は、名鉄本笠寺駅から歩いて10分ほどの住宅街にある。旧東海道など街道沿いに設けられた一里塚は、名古屋市内にかつて9カ所あったとされるが、笠寺にしか残っていない。
 塚の高さは3メートル。その頂上に生えているエノキは高さ10メートル、幹回り3・8メートルで、市の都市景観保存樹に指定されている。
 ただ、伊勢湾台風(1959年)で幹が割れ、樹勢の衰えが進行。92年度に割れ目をモルタルや鉄筋、金網で覆うなどの治療を施したが、いまではモルタルにも割れ目が生じ、雨水が入り込んで腐食の原因となっていた。今回の治療を担当する樹木医たちによると、枝が細く、葉は小さく、落葉の時期も遅い「老木」状態になっているという。
 治療にあたり、名古屋市は昨年7月、寄付を募った。12月末までに165件計267万円が集まった。
 3月までを予定する治療では、幹や根の割れ目を覆っていたモルタルなどをはがした上で、腐食した部分を取り除き、殺菌剤と防腐剤を注入。支柱も施す。事業費は計432万円。……

寺子屋シャーラ熊本 オンライントークイベント 『カリスマ医師が語るwithコロナ時代に幸せに生きる方法』/ ロイヤル…

2021/02/23 10:46
寺子屋シャーラ熊本 オンライントークイベント 『カリスマ医師が語るwithコロナ時代に幸せに生きる方法』/ ロイヤル漢方クラブ所長 上馬塲 和夫主催 2月23日(水):時事ドットコム  時事通信

戦国時代の城跡巡る散策路整備 江津、住民グループ案内

2021/02/23 10:34
 戦国時代の城跡を地域資源としてよみがえらせようと、島根県江津市の江津本町地区(江津市江津町)の住民グループが3月、城跡周辺を巡る散策路を開設する。町内には石見焼の窯跡をはじめ、商家や土蔵といった歴史的建造物もある。住民がボランティアで観光客らを案内し、周遊コースとしてPRする。
 戦国時代に周辺を治めた都野氏の城跡で、土で造った防御壁の「土塁」や、城を築くための造成地である「曲輪(くるわ)」、迎賓館の石垣といった遺構が残っている。
 長年、草木に覆われていたものの、住民でつくる「本町地区歴史的建造物を活(い)かしたまちづくり推進協議会」が、地域の魅力を向上しようと、昨年秋から草木の伐採や案内看板の準備を進め、全長約1キロの散策路を整えている。
 江津本町地区は、近くを流れる江の川の舟運と日本海の海運を結ぶ要衝として栄え、今も商家や土蔵、れんが造りの行政庁舎が立ち並ぶ。江戸時代に建造されたとされる石見焼の登り窯跡もあり、独特の景観をなしている。
 同協議会は、こうした資源を一体的に巡るコースを構築してアピールし、観光客や城跡ファンの来訪を見込む。住民や市観光協会関係者ら約10人がボランティアガイドとして登録し、勉強会を開いて本番に備える。
 同協議会の黒川聡会長は「住民が、地域の素晴らしい資源を再認識するきっかけにもなってほしい」と……

「西宮」の由来となった神社は勝運の神様 トラも祈願

2021/02/23 10:00
広田神社 兵庫県の「西宮」。その地名の由来となったのが広田(ひろた)神社だ。201年創建と伝わる。日本書紀に記される「三韓征伐」から神功(じんぐう)皇后が帰国する際、沖合で船がぐるぐる回りだし、先へ進めなくなった。その時、皇后がお告げを受け、戦の先鋒(せんぽう)を担った天照大神(あまてらすおおみかみ)の荒御魂(あらみたま)をこの広田の国にまつったのが始まりとされる。嶋津宣史禰宜(ねぎ)(53)は「三韓征伐で皇后を助けた神々を、それぞれお告げで望まれた場所におまつりしたのが当社と生田神社、長田神社、住吉大社の起こりです」。
 以来、皇室や公家のあつい崇敬を集め、平安時代以降は京の都の西にあることから「西宮」と称され、地名となったという。
 また古来、勝運の神として、源頼朝をはじめ武家の信仰も集めてきた。現代では、地元を本拠とする阪神タイガースの選手らがシーズン前に必勝祈願に訪れる。「1936年のチーム結成時以来の恒例行事です」。授与所にはタイガースの必勝祈願絵馬も並ぶ。
 境内には約2万株のコバノミツバツツジが群生しており、3月下旬から4月初旬が見頃を迎えるという。
 《メモ》 兵庫県西宮市大社町7の7、電話0798・74・3489。阪急電車西宮北口駅、JR西宮駅から阪急バス、阪神電車西宮駅からは阪神バスで「広田神社前」下車すぐ。(久保智祥)

小笠原家の下屋敷を記念館に 文化財指定目指す

2021/02/23 09:52
 飯田市伊豆木(三穂地区)の国重要文化財「旧小笠原家書院」に隣接する下屋敷を、書院と一帯の貴重な建築物として残そうと、同市鼎切石の作庭師細江滝登さん(64)らが整備を進めている。...

岡山県立美術館で「雪舟と玉堂」 国宝6点含む160点

2021/02/23 09:30
 室町時代の水墨画家・雪舟(1420~1506?)の代表作である国宝「四季山水図巻(さんすいずかん)」(全長16メートル)が、47年ぶりに出身地の岡山で公開されている。
 県立美術館(岡山市北区)で開催中の特別展「雪舟と玉堂~ふたりの里帰り」。浦上玉堂(1745~1820)は現在の岡山市出身で、江戸時代に文人画家として活躍した。昨年は雪舟生誕600年、玉堂没後200年にあたることから企画され、国宝7点など160点を展示する。3月14日まで。
 四季山水図巻は「山水長巻」とも呼ばれる巻物。四季の移ろいのなかに、壮大な自然と人々の暮らしを描いている。山口県を拠点とした大内家から毛利家に伝わり、現在は同県防府市の毛利博物館が所蔵する。
 また玉堂が描いた国宝「東雲篩雪図(とううんしせつず)」は雪山の情景の中に春を告げるような赤い色がかすかに見える。川端康成が愛蔵し、現在は川端康成記念会が所蔵している。
 守安収館長は「県が生んだ水墨画家2人の作品がこれだけそろう機会はそうない。細かい人物描写や風景を描く技法をじっくり鑑賞してほしい」と話す。
 3月1日、8日休館。一般1500円、65歳以上1300円など。中学生以下は無料。問い合わせは県立美術館(086・225・4800)。(菅野みゆき)

都城市立美術館で「つなぐ 美術と教育」展

2021/02/23 09:30
 宮崎県都城市姫城町の市立美術館で、南九州を中心に画家の師弟関係や美術教育のあり方などを探った収蔵作品展「つなぐ 美術と教育~あれから~」が開かれている。絵画学習の主流だった徒弟制度から学校制度への移り変わりなどを示す作品約50点が展示されている。28日まで。
 市立美術館では2019年に「つなぐ 美術と教育」展を開催し、明治から近年に至る作品などを紹介した。今回の展示は、その続編に当たるもので、江戸~明治期の絵師の系譜や、旧師範学校から宮崎大学へと続く絵画教育の流れなどを追っている。
 市教委の学芸員によると明治期までの絵画学習では模写が重要だったという。
 鎌倉時代の和田合戦を、江戸期の都城ゆかりの絵師、竹之下信成(1639~82)が描いたと伝わる「和田合戦図屛風(びょうぶ)」を展示。その横に、都城出身の日本画家、山内多門(1878~1932)が10代後半に模写した「和田合戦図縮模」を並べた。現在は失われた図屛風の「左隻(させき)」部分も写して描いてある。
 都城生まれの医師・絵師、速見晴文(1821~1902)が10代のころ、絵の練習のために模写した「画帖(がちょう)」も展示。動物や植物などの様々な絵を写していたことがうかがえる。
 日本画の系図としては、能勢浄川軒一清(のせじょうせんけんいっせい、1790~1857)→中原南……

“歩くひと”井浦新、『じゅん散歩』出演 上野で史跡&アートを巡り

2021/02/23 09:22
  “一歩一会(いっぽいちえ)”をテーマに高田純次が毎回さまざまな場所を自由気ままに散歩するテレビ朝日の番組『じゅん散歩』(月~金 前9:55~10:25)。きょう23日から25日までの3日間、他局で“歩くひと”を演じている俳優の井浦新が登場。上野で史跡&アートを巡る。
【写真】医薬祖神を祀る五条天神社を参拝
 井浦は同局系木曜ドラマ『にじいろカルテ』(毎週木曜 後9:00)に、ツナギでグラサン姿のヘンテコ外科医・浅黄朔役で出演中の井浦。実は「『じゅん散歩』が大好きで」という井浦は、番組冒頭からうれしそうな顔。そんな井浦と共に散歩する舞台は、史跡や美術館が多く点在する上野。これまで数々のドラマや映画などで変幻自在に幅広い役を演じて活躍してきた一方で、美術番組の司会を務めるなど、大のアート好きとしても知られている井浦は、神社や博物館など高田と巡った先々で、名解説を披露する。
 今回は上野東照宮から始まり、五條天神社や東京芸術大学、東京国立博物館などを訪れ、上野を散歩しながらとことん芸術を堪能。医療ドラマに出演中の井浦にぴったりの、医薬祖神を祀る五条天神社に向かった高田と井浦は、拝殿の天井に描かれた薬草の見事な絵を見学した後、ドラマのヒットを願っておみくじを引くことに。その結果に高田は「あらぁ…」と微妙な反応を見せるが、一方の井浦も?
 その……

『飛鳥山北の眺望』:浮世写真家 喜千也の「名所江戸百景」第83回

2021/02/23 09:04
花見風景を浮き立たせる秀逸な構図現在も桜の名所として有名な北区王子の飛鳥山から、北北東方向にある筑波山(茨城県つくば市)を望んだ華やかな絵だ。江戸の中心部から北へ6キロ以上も離れた王子だが、広重の時代には飛鳥山に加え、王子権現(現・王子神社)と王子稲荷、音無川や七滝の水辺と名所が多く、日帰りできる行楽地として人気が高かった。『名所江戸百景』には6枚も登場しており、この連載では今回の作品で全てを紹介することになる。
飛鳥山に桜を植えたのは、徳川8代将軍・吉宗(1684-1751)であることはよく知られている。紀州徳川家出身だったため、熊野三山から「若一(にゃくいち)王子」を勧請(かんじょう)した王子権現があり、自然豊かな故郷と似た風景が眺められる王子の地を好んだそうだ。吉宗が幕府の土地だった飛鳥山に、1000本以上の桜を植え始めたのは1721(享保6)年。山全体に芝生を張り、紅葉する木々も移植したという。
尾張屋版『江戸切絵図』(国会図書館蔵、1854年刊)の「染井王子巣鴨辺絵図」から、王子周辺を切り抜いた。飛鳥山の上部には「此処ヨリ筑波山見ユ」と記される。右端の中央より少し下に、「此辺 染井村 植木屋多シ」と書かれた付近で、全国に広まる桜の品種「ソメイヨシノ」が生み出された
それまで花見の名所といえば、上野山が最も有名であったが、将軍家の菩提(……

古今おめかし おひなさま 横浜と鎌倉で展示

2021/02/23 09:00
 【神奈川】三寒四温の陽気に近づく花の季節を実感すると、桃の節句はもう目前。古風な顔立ちの江戸期のものからゴージャスで現代風な姫君まで、居並ぶあでやかなおひな様に、コロナ禍をひととき忘れてみませんか。
     ◇
 鎌倉国宝館(神奈川県鎌倉市雪ノ下2丁目)で、恒例の「ひな人形」展が開かれている。3月14日まで。
 「桃の節句」に合わせた年1回の展示だが、昨年は開幕から実質5日で、新型コロナの感染拡大を受けて臨時休館になった。今年は入館時の検温などで対応する。おひな様たちとは、ほぼ2年ぶりの再会になる。
 展示されるのは、江戸時代の品を中心に、様々な形式のひな人形や精巧なミニチュア調度類など約50点。担当学芸員の金子智哉さんによれば、ひな人形はおはらいに用いた「ひとがた」を起源に、平安期以降の日本で、女の子の健康を願う遊びのための人形として発達した。
 男女一対の内裏びなを中心に、能楽の地謡と囃子(はやし)を模した五人囃子や三人官女、調度類を加えた豪華な形式に発展したのは江戸時代から。当初は大型だった人形が次第に小型化していくのは、たびたび出された「ぜいたく禁止令」を受けた変化と考えられるという。
 展示される安西家の内裏びなは、鎌倉ゆかりの作家安西篤子さんがニューヨークの国連ビルで展示されているのを見て一目ぼれし、購入して日……

藤堂高虎が設計した丹波の篠山城 意外に堅牢な理由とは?(朝日新聞デジタル&[アンド])

2021/02/23 08:05
藤堂高虎が設計した丹波の篠山城 意外に堅牢な理由とは?(朝日新聞デジタル&[アンド]) - Yahoo!ニュース  Yahoo!ニュース

国内最大規模の環濠集落があることで有名な、佐賀県にある弥生時代の遺跡は何でしょう?

2021/02/23 07:30
神埼市と吉野ヶ里町にまたがる、全長2.5kmの大きな壕に囲まれた遺跡。2001年には歴史公園として整備され、物見やぐら、竪穴住居、高床倉庫など、98棟の弥生時代の建物が復元されています。

昭和の大横綱・大鵬が生きていたら…「四股でコロナを踏みつけていた」(NEWSポストセブン)

2021/02/23 07:05
昭和の大横綱・大鵬が生きていたら…「四股でコロナを踏みつけていた」(NEWSポストセブン) - Yahoo!ニュース  Yahoo!ニュース

最後の職人は100歳 皆地笠・細工師 同業、後継者おらず 田辺・芝安雄さん「体動く限り作る」 /和歌山

2021/02/23 06:55
 平安時代末期から熊野詣での参詣者に愛用されたと伝わるヒノキ材製の編み笠「皆地笠(みなちがさ)」の細工師、芝安雄(本名・安男)さん=田辺市本宮町皆地=は、1月で100歳を迎えた。今も現役として製作に取り組む。同業者も後継者もおらず、1000年の伝統を持つ工芸品の最後の職人になったが、「この仕事が生きがい。体が動く限り、作り続けたい」と意欲は衰えていない。【竹内之浩】
 皆地笠は直径約40センチ。かつては貴人から庶民まで身分に関係なく広く使われたことから「貴賎笠(きせんぼ)」と呼ばれたが、現在は産地名で呼ばれる。かんなで薄く幅を狭く削ったヒノキで編み上げ、一部で竹、サクラの樹皮も使われる。軽くて丈夫で、ヒノキに含まれる油で雨もはじく。「使い込むほど光沢が出て深い色になる。昔の人はよく考えたものだ」と芝さんは感心する。

各務原・鵜沼古市場遺跡 竪穴式住居19棟の跡 市教委、27日説明会 /岐阜

2021/02/23 06:33
 木曽川の右岸に広がる「鵜沼古市場遺跡D地区」(各務原市鵜沼南3)を発掘調査している市教委の埋蔵文化財調査センターは、奈良・平安時代のうち8~9世紀ごろの竪穴式住居19棟の遺構を確認した。「川沿いに作られた当時の集落と生活の様子が分かる」としている。27日に説明会を開く。【花岡洋二】
 バイパス道路建設に先立ち、昨年10月から市有地約3000平方メートルを調べた。
 竪穴式住居跡のほか、倉庫とみられる掘っ立て柱建物跡も4棟見つかった。D地区の東で過去に調べたC地区と合わせ、当時の集落の広がりが確認された。D地区は、集落が無くなった後に土が堆積(たいせき)し、開発を逃れたことから、遺構の保存状態がよい。

富士山が「自然遺産」ではなく「文化遺産」の理由とは?

2021/02/23 05:25
富士山は「信仰の対象と芸術の源泉」としての価値が認められ、世界遺産に登録されました。
富士山は古来、噴火を繰り返す山として畏(おそ)れられるとともに、富士山に住むとされていた神仏への信仰から敬われてもきました。
高く美しく荘厳な姿も含め、富士山は山そのものが神聖視され、信仰の対象になっていきました。平安時代後期には、山岳信仰や密教などが結びつき、多くの修験者(しゅげんじゃ)が集うようにもなりました。
神聖な存在である富士山を遠くから拝む「遙拝(ようはい)」、ご神体である富士山に登る「登拝(とはい)」も行われるようになりました。
江戸時代には、さまざまな絵の題材にもなりました。葛飾北斎の『富嶽三十六景』や歌川広重の『東海道五十三次』などの浮世絵には富士山が描かれています。
ゴッホやモネなどの印象派の画家は、これらの浮世絵から大きな影響も受けています。
古代から連綿と続く人々のこうした思いと行いが「信仰の対象と芸術の源泉」と評価され、富士山は世界文化遺産に登録されたのです。

<見えない存在>超人的な力 憧れ今も

2021/02/23 05:00
読売新聞社の運営するサイト 発言小町「発言小町」は、読売新聞が運営する女性向け掲示板で、女性のホンネが分かる「ネット版井戸端会議」の場です。
ヨミドクターyomiDr.(ヨミドクター)は、読売新聞の医療・介護・健康情報サイトです。
OTEKOMACHI「OTEKOMACHI(大手小町)」は読売新聞が運営する、働く女性を応援するサイトです。
idea marketidea market(アイデア マーケット)」は、読売新聞が運営するクラウドファンディングのサイトです。
美術展ナビ読売新聞が運営する美術館・博物館情報の総合ポータルページです。読売新聞主催の展覧会の他、全国美術館の情報を紹介します。
紡ぐプロジェクト文化庁、宮内庁、読売新聞社で行う「紡ぐプロジェクト」公式サイト。日本美術と伝統芸能など日本文化の魅力を伝えます。
読売調査研究機構東京、北海道、東北、中部、北陸を拠点に、著名な講師を招いた講演会や対談、読売新聞記者によるセミナーなどを開催しています。
……

竹島の日 対外発信と領土教育の両輪で

2021/02/23 05:00
 「竹島の日」の22日、島根県などが主催する記念式典が松江市で開かれた。内閣府の和田義明政務官が出席し、竹島問題の解決を目指す方針を強調した。
 県が1905年、竹島を編入した日にちなむ式典だ。だが、領土問題に取り組むのは本来、政府の責務であり、県の行事だけにとどめるのは十分とは言えない。
 内閣官房の領土・主権対策企画調整室は先月末、ホームページ内の竹島に関する「研究・解説サイト」を拡充した。歴史資料に基づき、時代ごとに日本や韓国、国際社会が竹島をどう扱ってきたかを解説している。
 日本は江戸時代初期から、アシカの漁場などとして竹島を利用し、17世紀半ばには領有権を確立した。第2次大戦後のサンフランシスコ平和条約でも、日本が放棄する領土に含まれなかった。
 平和条約起草の際、韓国は、竹島も放棄するよう求めたが、米国は「朝鮮の一部として取り扱われたこと」はないなどと回答し、要請を明確に拒否した。
 韓国が52年、日本海に一方的に李承晩ラインを設定し、竹島を不法占拠して韓国の領土に位置づけたことに正当性はない。
 政府は近年、英国と豪州の公文書館で調査を行い、英豪両国とも平和条約制定時、竹島に関する認識を米国と共有していたことを示す文書を見つけた。「研究・解説サイト」で紹介している。
 政府は今後、サイトの英訳や韓国語訳を……

塩尻市片丘の別方遺跡 平安初期の竪穴住居発見 平出博物館が発掘調査

2021/02/23 04:56
 このほど職員ら12人が、住居跡を平面図に記録する作業や測量などをした。調査は昨年12月に始まり、東西に伸びる市道沿いの延長200メートル、幅7メートルの区間を対象とする。すでに南側半分は完了しており、現在は北側を掘り起こしている。
 見つかった住居跡2軒は集落の南端にあったとみられる。一部分が重なる形で、建てられた時期が異なるという。今回の調査では縄文時代前期の土器も見つかった。
 別方遺跡の発掘調査は初めて行われた。作業は本年度中に完了する見通し。博物館職員の牧野令さん(36)は「当時の周辺の土地利用や、他の遺跡との関係性が明らかになれば」と期待していた。

香山リカのココロの万華鏡:入試もいつか思い出に /東京

2021/02/23 02:02
 大学の教員もやっている私にとって、2月半ばは入学試験のシーズンだ。毎年、期間中に何回か監督業務にあたるが、「失敗があってはならない」といつも緊張する。「個人的な感情は消してきちんと業務をこなそう」と思うのだが、今年はちょっとだけ違った。
 ある日の「国語」の時間、問題用紙や解答用紙を配り終え、写真照合ですべての受験生が本人であることを確認し、開始のチャイムが鳴ってほっとひといき。受験生から質問が出たときにすぐに応じられるよう、手もとに用意してある問題用紙をめくった私は「あっ」と声を上げそうになった。古典の問題文として、鎌倉時代に御所で育った二条という女性が書いた「とはずがたり」の一部が使われていたのだ。
 著者の体験記といわれるが、これはすごい話なのだ。御所で育ち、後深草院(ごふかくさいん)の寵愛(ちょうあい)を受けた二条は、ほかの男性たちからの求愛も受け入れる。しかし、華やかな日々はすぎて御所を出され、30代で尼僧となって諸国をさすらい、修行の日々を送ることになる。

天皇陛下、誕生日ご会見全文

2021/02/23 00:46
 「その精神は現代にも通じるものがあると思います。皇室の在り方や活動の基本は、国民の幸せを常に願って、国民と苦楽を共にすることだと思います。そして、時代の移り変わりや社会の変化に応じて、状況に対応した務めを考え、行動していくことが大切であり、その時代の皇室の役割であると考えております」
 「国民を思い、国民に寄り添う点で、災害で被災された方々、障害者や高齢者、あるいは社会や人々のために尽くしてこられている方々にも心を寄せ、ねぎらい、励ましていくことはとても大切なことです。それは、私と雅子二人の自然な気持ちであるとともに、皇室としての大事な務めであるとも思います。この1年は、コロナ禍(か)に翻弄されてきました。愛する方を失った御家族や御友人のお悲しみはいかばかりであったことでしょう。心から哀悼の意を表します。また、コロナ禍(か)の閉塞感からでしょうか、自ら命を絶つ人が増えていることも極めて痛ましいことで、皆で何とか防がなくてはなりません。その一方で、強い使命感を持って医療に取り組んできた方々や保健所などで現場の対応に当たってきた関係者を始め、高齢者や障害者など、社会的に弱い立場にある人々を支えてきた関係者や、子供食堂のような、困難な状況に置かれた子供たちを支援してきた関係者など、多くの方々からお話を伺う機会を得、皆さんの有り難い尽力に思いをより深く致しました……

「江戸時代から続くスイーツ」に「皇室御用達プリン」など、上野の絶品スイーツたち

2021/02/23 00:00
※お店のイートインは、現在おやすみしております。
② かつての皇室御用達!極上のプリン明治9年、上野公園の開園に伴いオープンした西洋料理店「上野精養軒」。当時は、“西洋諸国に負けない国つくり”という国策も担っていたそうです。
現在、お店では「鴨場プティング」という、かつては皇室御用達の一品で一般の人は味わうことができなかったプリンを、テイクアウト用の商品で取り扱っています。