万葉古道 を尋ねて:交流・別れ・流浪/41 3都を…|企画展:庄屋の文書で歴史たどる 斑鳩文化財センター …|福田美術館が京都・嵯峨嵐山にオープン|他

「万葉古道」を尋ねて:交流・別れ・流浪/41 3都を巡った巨木/7 現代の中ツ道をたどる /奈良

2019/06/04 16:25
 藤原京から平城京へ遷(うつ)る時には、陸路も使われた。人の移動には、水路より融通が利いただろう。
 藤原、平城両宮の間は20キロ強。陸路は、京の各東部をつなぐ中ツ道、藤原京西部から平城京中央の羅城門に通じる下ツ道が約2・1キロ間隔で並行していた。大和郡山市の稗田遺跡で見つかった下ツ道は道幅16メートルで、両側の溝の中心の間の幅は23メートルだった。中ツ道も同じくらいと推定される。2013年、天理市喜殿町で砂と土を突き固めた中ツ道の路面の一部と溝跡が見つかった。平安時代後期まで利用されていた。
 710(和銅3)年2月(「続日本紀」では3月)、元明天皇は中ツ道を通り藤原宮から平城宮に遷(うつ)…

企画展:庄屋の文書で歴史たどる 斑鳩文化財センター /奈良

2019/06/04 16:25
 春季企画展「斑鳩町の地域歴史展(1)-五百井(いおい)地区の大方家(おおがたけ)の歴史資料を中心に-」が同町法隆寺西1の斑鳩文化財センター展示室で開かれている。30日まで。無料。水曜休館。
 五百井地域は町役場の南東約500メートルに位置し、斑鳩大塚古墳(5世紀前半ごろ)などがある。大方家は江戸時代を通じて五百井村の庄屋だった。町の歴史を知る貴重な文書類が1万点以…

福田美術館が京都・嵯峨嵐山にオープン

2019/06/04 16:25
福田美術館が、京都・嵯峨嵐山に2019年10月1日(火)にオープン。「福田美術館開館記念展(仮)」が、2019年10月1日(火)から2020年1月13日(月・祝)まで開催される。
福田美術館、京都・嵯峨嵐山に新オープン大堰川対岸の桜越しに望む福田美術館福田美術館は、日本文化の新たな発信拠点として、日本美術の名品を紹介する美術館。国内外から人々が訪れる観光地であり、古来より多くの貴族や文化人に愛され、芸術家たちが優れた作品を生み出す源泉となった嵯峨嵐山の地で「100年続く美術館」をコンセプトにオープンする。美しい自然に囲まれながら、日本美術を楽しむことができる。
日本美術の名作コレクション約1,500点俵屋宗達 《益田家本 伊勢物語図第二段「西の京」》 17世紀 色紙 紙本着色 24.5×22.9所蔵コレクションは、江戸時代から近代にかけての、主要な日本画家の作品約1,500点。中には初公開作品や、幻の作品も含まれており、美術好きはもちろんのこと、あまり詳しくない人が見ても感動するような作品を揃える。
伊藤若冲 《柳に鶏図》 18世紀中期 軸装 絹本水墨 102.8×40.4特に、琳派、円山四条派から京都画壇への流れを押さえた豪華なラインナップに注目。円山応挙、与謝蕪村、伊藤若冲ら江戸時代の絵師たちの作品をはじめ、横山大観、上村松園、竹内栖鳳など……

ねずみ取り上手な猫は50万円で売られていた、馬の5倍

2019/06/04 16:00
江戸時代、貴重な繭がねずみにかじられないように猫が飼われていたという(写真/アフロ)
 ペットフード協会発表の「平成30年全国犬猫飼育実態調査」によると、現在、猫の推定飼育頭数は約964万9000匹で、2年連続で犬を上回るなど、日本は今、猫ブームだ。しかしこうしたブーム、実は平安時代や江戸時代にも起こっていたのだという。猫ブームの歴史を振り返る。
 最初の猫ブームは、今から約1200年前の平安時代に遡る。近年の研究結果から、猫は弥生時代には日本にいたことが判明しているが、平安時代ではまだまだ希少動物だった。そのため、物珍しさから、上流階級の間で猫を飼うのが流行ったという。
 とはいえ、猫たちは今のように室内を自由に動き回れたわけではなく、ひもでつながれて飼われていたそうだ。
 文献上に猫が頻繁に登場するのもこの頃から。中でも、第59代宇多天皇の『寛平御記』という日記には、愛猫の仕草やたたずまいなどが細かく記されていると歴史作家の桐野作人さんは言う。
「この日記は“暇をみつけたので、猫について綴った”という書き出しで始まります。毛の色は墨のような漆黒、体長は1尺5寸(約45cm)、高さは6寸(約18cm)と愛猫の外見的特徴や、丸まって寝ている姿が黒い玉に見えるなど、内容は現代の“猫ブログ”のよう。宇多天皇の猫への愛が溢れており、宮中で……

福知山市指定文化財:市教委、仏像3体を追加 天寧寺が所有 /京都

2019/06/04 15:54
 福知山市教育委員会はこのほど、市指定文化財(彫刻)に、同市大呂の天寧寺が所有する仏像3体を加えた。彫刻の新たな指定は2年ぶり。これで市指定文化財は145件となる。
 新たに指定されたのは「木造薬師如来坐(ざ)像」「木造阿弥陀(あみだ)如来坐像」「木像聖(しょう)観音菩薩(ぼさつ)立像」。3体とも平安…

時代を彩るさまざまな染料植物の歴史を知る!高崎市染料植物園で企画展開催中

2019/06/04 15:51
その他、6月16日(日)は講師の山崎和樹氏を招いた「草木染・緑色染」の講習会、7月6日(土)は染色体験「親子のための紅花すり染め体験」を行うなど、関連事業も多数展開。また、植物園に様々な花が咲き乱れる6月は、訪れるのにおすすめの時期だそう。園内は、染料に利用される種類のものを中心に沢山の植物がテーマごとに植えられており、解説を読みながら散策するのも楽しい。まだ行っていない人はイベント終了前にぜひ足を運ぼう。

県立博物館:12世紀神像、3D測定 複製、神社に年内奉納 和歌山 /和歌山

2019/06/04 14:37
 特別展「仏像と神像へのまなざし」を開いていた県立博物館(和歌山市吹上1)は5月31日、展示している槙尾山明(まきおさんみょう)神社(九度山町九度山)の神像を三次元計測する様子を公開した。今後、計測データから精巧な複製を制作し、日常的に本堂に安置する「お身代わり神像」として奉納することにしている。
 これまで「お身代わり仏像」の制作で協力してきた県立和歌山工業高産業デザイン科の3年生8人も計測に協力した。平安時…

 子どもたちをはじめ、地域の人に郷土のことをもっと知ってほしい-。こんな思いを抱いていた仙台市太白区の元酒店経営鈴石…

2019/06/04 14:06
 子どもたちをはじめ、地域の人に郷土のことをもっと知ってほしい−。こんな思いを抱いていた仙台市太白区の元酒店経営鈴石和宏さん(64)が、自ら「越路地区歴史研究楽学(がくがく)講座」を開く構想を練っている。地元に伝わる逸話や埋もれた話を掘り起こし、史実に基づきながら楽しく学ぶことを主眼にする。
 想定するテーマは、愛宕山横穴墓群(古墳)や亜炭鉱脈の存在、藩制時代に起きた寺院焼き討ち事件、伊達政宗と妙見堂・妙見信仰などなど。初回を23日、2回目を11月に地区集会場で開講する予定で、座学に加え現地見学も念頭に置く。
 鈴石さんの先祖の家業は、南町通を拠点にしたラムネ・サイダーの製造元。1943年に越路地区に移り、酒店を開いた。家にまつわるヒストリーに触れ、父親(故人)が集めた仙台の歴史資料を整理しながら目を通すうちに、郷土史にのめり込むようになった。
 「郷土愛は、郷土のいろいろなことを知ることから始まる」と鈴石さん。薄れていく地域コミュニティーを、再生の軌道に乗せる一つの仕掛けにもなる。
2019年06月04日火曜日

京都最大規模!約5,000株が咲き誇る「あじさいウイーク」長岡京市の柳谷観音にて6月8日~7月7日の期間で開催

2019/06/04 13:30
眼病平癒の祈願所として、平安時代より特別な方々をはじめとする眼病に悩む多くの人々に信仰されてきた京都府長岡京市の柳谷観音(日下俊英住職)。6月8日(土)から7月7日(日)まで、境内に京都最大規模の約5,000株のあじさいが咲き誇る「柳谷観音あじさいウイーク」を行います。
画像1: https://www.atpress.ne.jp/releases/184234/LL_img_184234_1.jpg
あじさいの花手水
竹取物語のモデルともされる竹林を抜けたところにある柳谷観音。期間中、その境内に咲き誇る約5,000株のあじさいをご堪能ください。また戦前に古都百庭として選ばれた名勝庭園(浄土苑)が眺められる上書院の特別公開だけではなく、当山オリジナルの「あじさいの押し花朱印」を限定で用意しています。そして天皇家より下賜された宝物を寺宝庫にて一部公開、寺宝庫特別拝観も開催中です。
(1) 上書院で万葉集を訓読した人物を描いた至宝を特別公開
通常月に1度17日しか公開していない上書院を、期間中特別公開いたします。
天皇家公家や特別なお客様のみをお通ししてきた上書院からは、戦前に古都百庭として選ばれた名勝庭園(浄土苑)が眺められ、その紅葉が大変美しいと多くのVIPに愛されてきました。
あじさいウイーク期間中は上書院にて、安土桃……

12世紀の神像複製へ 高校生ら3D計測 和歌山

2019/06/04 12:54
特別展「仏像と神像へのまなざし」を開いていた県立博物館(和歌山市吹上1)は5月31日、展示している槙尾山明(まきおさんみょう)神社(九度山町九度山)の神像を三次元計測する様子を公開した。今後、計測データから精巧な複製を制作し、日常的に本堂に安置する「お身代わり神像」として奉納することにしている。 これまで「お身代わり仏像」の制作で協力してきた県立和歌山工業高産業デザイン科の3年生8人も計測に協力した。平安時代後期(12世紀)に作られた高さ18・6センチの白鬚(しらひげ)明神坐(ざ)像を、3Dスキャナーでさまざまな方向から計測し、パソコンでデータを集積して画面上に複製を造形していった。 今後、3Dプリンターを用いて、屋外でも変形や劣化しにくいASA樹脂を使用して複製の像を造る。表面を研磨するなどした後、和歌山大教育学部美術教室の学生がアクリル絵の具で彩色して完成させる。同館は年内の奉納を目指している。 同館の大河内智之・主任学芸員は「こんにちまで仏像、神像を守り伝えてきた地域が、高齢化や人口減少でそれが難しくなっている。これからはみんなで守る必要があり、取り組みの一つが『お身代わり』だ」と意義を訴えた。【山成孝治】 【関連記事】 ・「水戸黄門」徳川光圀寄贈の仏像は鎌倉時代最小の作品か ・電柱にギョーザ リアルな3D広告 宇都宮の餃子通り ・神仏像、写真撮影もSNS拡散もOK 和...

江戸時代のクックパッド?豆腐についてまとめられた江戸時代の書物「豆腐百珍」とは?

2019/06/04 12:18
ヘルシーフードのひとつとして現在も親しまれているお豆腐。今でこそお豆腐は誰もが安価で買うことのできる庶民の食べ物ですが、江戸時代初期までは贅沢品とされ、庶民にはなかなか手の出せる品物ではなかったとか。
徳川家光は農民に対して豆腐を作ることも食べることも禁止する一方で、自分は豆腐の淡汁や、いり豆腐、疑似豆腐などたくさんの豆腐料理を食べていたことが記録に残っています。豆腐をお正月や冠婚葬祭のハレの日など特別な日にしか食べることができなかったのです。
庶民が豆腐を手軽に食べられるようになったのは、江戸時代中期からのことです。1782年には『豆腐百珍』という100種類の料理レシピが紹介されている本が出版され、ベストセラーとなりました。今でいうところのクックパッドのような感覚でしょうか。
豆腐百珍のなかでも多く支持を集めたものは豆腐を太いうどん状に切り、水、酒、醤油で煮た料理で、「草の八杯豆腐」といわれた料理だったそうです。
この本が好評を博したため、『豆腐百珍続編』、『豆腐百珍余録』などの続編が出版され、さらには蒟蒻・鯛・甘藷の百珍本も世に出るといった人気ぶりだったといいます。
この料理本、著者は、醒狂道人何必醇(すいきょうどうじん かひつじゅん)の戯号で著されているが、その正体は大坂で活躍した篆刻家の曽谷学川だと考えられています。
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