きょうは923(くにみ)の日 国見町で義経まつり3年…|江戸時代には奉行もいた 畳の歴史 ルーツは平安期のゴ…|“進撃の巨人” の魅力を紹介 日田市にコンシェルジュ…|他

江戸時代には奉行もいた「畳の歴史」ルーツは平安期のゴザか筵か

2022/09/23 17:28
人間に備わっている感覚の中で、最も記憶に残るのは「嗅覚」、つまり匂いだそうです。
“たまたま行き交った人が、昔の恋人が愛用していた香水と同じだった”
なんて恋愛小説みたいな話や、ドルガバ香水の歌が流行ったのも、そういった構造に基づいていたんですね。
となると、匂いに関する記憶の中に、私たちが先祖代々受け継がれてきたものもあるわけで。
9月24日は「畳の日」です。
「全国畳産業振興会」が制定したもので、9月24日から始まる「環境衛生週間」にちなんで制定されました(ちなみに4月29日も“みどりの日”に合わせて畳の日となってます)。
現代では洋室にお住まいの方が多いと思われますが、たまに和室に入ると何となく落ち着き、懐かしい気持ちも湧いてきませんか?
おそらくは、日本という国の形成と共に畳が発達・普及してきたからでしょう。
本稿では、長い長い畳の歴史を振り返ってみたいと思います。

“進撃の巨人” の魅力を紹介 日田市にコンシェルジュ登場

2022/09/23 17:27
人気漫画、「進撃の巨人」を活用した、まちおこしに取り組む日田市で、訪れたファンに地元の観光の魅力を伝えるコンシェルジュが登場しました。
「進撃の巨人」の作者、諫山創さんの出身地・日田市は、ファンの間では聖地とされ、ミュージアムやキャラクターの銅像などを目当てに、毎月およそ1万人が訪れていると推定されています。
こうした人たちに地元の観光の魅力を伝える「コンシェルジュ」の制度を地元のまちおこし団体が企画し、3連休初日の23日、飲食店や関連グッズの販売店などに9人が配置されました。
このうち、漫画のキャラクターにちなんだオムライスが名物のカフェでは早速、進撃の巨人のファンだという熊本からの家族連れが訪れ、漫画の世界観を楽しんでいました。
そして、コンシェルジュで店主の松本卓朗さんが観光のパンフレットを手渡し、江戸時代の町並みが残る豆田町などについて紹介していました。
カフェを訪れた22歳の男性は「日田の観光について詳しく教えてもらい助かりました。地元の温かみも感じられました」と話していました。
また、松本さんは「日田にはいいところがたくさんあることを多くの人に伝えていきたい」と話していました。

日南市で「泰平踊」の定期公演 優雅な踊りを披露

2022/09/23 17:11
3連休初日の23日、日南市では、江戸時代から伝わる伝統芸能、「泰平踊」の秋の定期公演が行われ、観光客などが優雅な踊りを楽しみました。
「泰平踊」は、日南市の飫肥で江戸時代、町人の盆踊りに武士が加わって一緒に踊ったと伝えられている伝統的な踊りで、県の無形民俗文化財に指定されています。
公演は、観光スポットとなっている飫肥城大手門前の通りで行われ、地元の保存会のメンバー15人が、着流しに編みがさ姿の侍や鉢巻きに丈の短い着物を着た奴にふんし、太鼓や三味線の演奏に合わせて、ゆったりと優雅な踊りを披露しました。
大手門の前では、集まった観光客たちが、写真を撮ったりしながら踊りに見入っていました。
都城市から訪れたという20代の女性は「初めて見ましたが、踊りがそろっていて綺麗でした。動きにも迫力があって、かっこよかったです」と話していました。

新ひだか町でシャクシャインしのぶ法要祭

2022/09/23 15:54
アイヌ民族の英雄、シャクシャインをしのぶ法要祭が日高の新ひだか町で行われました。
シャクシャインは江戸時代、アイヌ民族を率いて松前藩を相手に決起しましたが、戦いの末、非業の死を遂げたとされています。
新ひだか町の真歌地区ではシャクシャインがかつて一帯を治めていたことにちなんで毎年、この時期に法要祭が行われています。
76回目となることしの法要祭には日高地方の各地などからおよそ70人が参加し、シャクシャイン像の前に設けられた祭壇に1人ずつお神酒をかけて民族の英雄をしのびました。
そして、衣装を身にまとった参加者が木を削って作ったささげ物、「イナウ」に食べ物を供え、祈りをささげました。
シャクシャイン法要祭実行委員会の大川勝委員長は「シャクシャインは偉大な指導者だった。アイヌの血を引く者が年に1度、集まることが一番の供養になると思う」と話していました。

<いいね!偉人のサムネイル>紫式部が「うっせぇわ」!? 頼朝&政子のカップルチャンネルも 異色の歴史バラエティー(M…

2022/09/23 15:41
<いいね!偉人のサムネイル>紫式部が「うっせぇわ」!? 頼朝&政子のカップルチャンネルも 異色の歴史バラエティー(MANTANWEB) - Yahoo!ニュース  Yahoo!ニュース

瀬戸内国際芸術祭2022=瀬戸内の情景一堂に 県立ミュージアムきょうから特別展 屏風絵など120点展示

2022/09/23 13:22
 特別展は、瀬戸芸を契機にアート作品と共に人々を引きつける瀬戸内の風景の魅力を歴史や民俗、美術、自然の多面的な視点から探ろうと企画。関西や中四国地方の博物館、美術館、個人などが所蔵する重要文化財などの作品を▽ユートピア(理想郷)▽自然▽生活▽名所▽近現代そして未来―の五つのテーマに分けて展示している。
 このうち、重要文化財「御衣木之縁起(みそぎのえんぎ)」(鎌倉~南北朝時代、志度寺蔵)は、本尊造立の縁起を絵画化したもの。近江の山深い谷にあった霊木が、琵琶湖や淀川を経て瀬戸内海に流され志度湾に漂着する様子が縮図で描かれ、中世の瀬戸内沿岸の景観が見て取れる。
 明治大正時代の文人画家、富岡鉄斎の「富士遠望・寒霞渓図」(1905年、京都国立近代美術館蔵)は、右隻に富士山、左隻に小豆島の寒霞渓を配した対の屏風で、切り立った山や岩で成す寒霞渓を遠景に見える瀬戸内海と対比させることで、壮大な雰囲気を醸し出している。
 窪美酉嘉子(ゆかこ)主任専門学芸員は「作品を通じて今まで見たことのない瀬戸内の風景に出合い、新たな魅力を再発見してもらいたい」と話している。
(四国新聞・2022/09/23掲載)
香川県立ミュージアム

「鎌倉殿の13人」 天晴れ!畠山重忠 亡き後の一族と「応仁の乱」の関係 <歴史好きYouTuberの視点【第36回 …

2022/09/23 12:25
「源姓畠山氏」の流れその後、重忠の後家は足利義純という人物と再婚しました。
鎌倉殿の13人は登場していませんが、あの有名な足利出身の人物です。二人の間には男子が生まれ、成長して「畠山泰国」と名乗りました。重忠の後家の子が、名実ともに畠山重忠の後を継いだということになります。
ちなみに、源氏である足利氏の血を引いているため泰国以降の畠山氏を「源姓畠山氏」と呼びます。源姓畠山氏は、能登や奥州など各地へ広がっていきますが、本流は武蔵国に影響力を持ち続けました。
やがて鎌倉幕府が滅亡し、室町時代に突入すると、源姓畠山氏にも大きな転機が訪れます。
関東管領・上杉氏の台頭です。
上杉氏は足利尊氏の母方の実家で、尊氏が関東に鎌倉府を置くと外戚としてそれを補佐し、関東での影響力を強めたのです。
この頃の畠山氏の当主・基国は、はじめこそ鎌倉公方・足利基氏に重用されていたものの、基氏の死去に伴って勢力が衰退し、関東での覇権を上杉氏に奪われてしまいました。
基国は上杉氏との権力争いを避け、活躍の場を求めて京都政界へ転身します。畠山の本流として代々武蔵国で名跡を継いできた基国にとって、これはとてつもなく大きな決断だったでしょう。
結果的にこの転身は成功し、室町幕府三代目将軍・足利義満に重用され、基国は細川氏・斯波氏と並ぶ『管領』の地位を手……