退位した天皇が仏教に帰依し出家した理由|よみがえれ藩主の桜 推定樹齢400年 皮一…|彰往考来 新時代のヒストリア 幕末維新か…|他 (4/7 日本歴史ニュース)

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退位した天皇が仏教に帰依し出家した理由

2019/04/07 11:15
5月1日、令和への改元と同時に今上天皇は退位し上皇(太上天皇)となる。ジャーナリストで僧侶の鵜飼秀徳氏は「歴史上の上皇は仏教に帰依し、出家するケースが多かった。天皇家(あるいは元号)と仏教とは切っても切れない関係性にあり、江戸時代までその慣習は続いた。むしろ、政府が神仏分離政策を推し進めた明治以降、現在までの天皇家のありようのほうが“特殊な状態”と言える」という——。
■5月1日、令和への改元で今上天皇は「上皇」となる
新元号「令和」が発表された。
新元号「令和」を発表=2019年4月2日(写真=アフロ)
テレビ・新聞での識者のコメントや、ネット評価はおおむね、良好のようである。「Yahoo! ニュース(みんなの意見)」では元号発表後、丸1日が経過した4月2日午前11時半の段階で「いいと思う」と回答した割合が64%。逆に「あまりいいと思わない」が28%。「わからない/どちらとも言えない」が8%であった(投票総数約21万2000票)。
実は私は、「平成」が発表された翌日の朝日新聞(1989年1月8日朝刊)を取り置いている。当時、中学生だっ……

よみがえれ藩主の桜 推定樹齢400年 皮一枚から樹木医らが蘇生 京都・宮津

2019/04/07 10:32
 江戸初期に永井尚長が藩主であった時代には既に咲き誇っていたようだ。ヤマザクラとしては珍しく、枝がしだれ桜のように垂れ下がる。開花すると次第に紅色が増すことから永井はこれを「含紅桜」と名付け、1676年にこんな漢詩を詠んだ。「誰が言うまでもなく日本一の桜である。誰かが訪ねてきて吉野の桜の話をすれば、今が盛りのこの桜を見なさいと教えてあげよう」
 それから340年が過ぎた。太い幹は朽ち、皮だけで生き永らえる古木は支柱が支えている。地元では2007年に含紅桜を守る会をつくり保全に乗り出した。昨年2月には豊かな森を育てる府民税を活用して大規模な蘇生治療を試みた。樹木医らが根元の土を掘り起こして古い根を切り、肥料を加えて根の再生を促したのだ。根は土の中で1年かけて静かに伸びて、再生の力を蓄えていった。
 今月初旬、含紅桜は無数の花芽をつけて一斉に開花した。牧宏明宮司は「太い枝の節などから新たな若芽が吹き出している。よかった。元気を取り戻してくれた」と喜ぶ。幹の中程からは地面に向けて根が伸びて徐々に太くなり、幹に変わろうとしている。10年もすれば成……

【彰往考来 新時代のヒストリア】幕末維新から平成、そして未来へ-近現代史と皇室を考える 所功・京都産業大名誉教授(6)

2019/04/07 10:00
◆生きた歴史の宝庫・伊勢
 昭和41(1966)年春、文学部助手として赴任した皇學館大にはあこがれの日本古代史研究者、田中卓(たかし)教授(のち学長)をはじめ、国史・国文の大家がたくさんおられました。またここのキャンパスは故郷・岐阜県に近い三重県の伊勢市にありますから、週末には帰省して母の手助けをすることもできました。
 奉職の3年後に妻(京子さん)とスピード結婚しました。彼女は京都女子大の史学科を卒業してからソーシャルワーカーの資格を取り、ある病院に勤務した後、母校の大学院で平安貴族社会の研究をしていました。
 ですから、田舎住まいや農作業なんかできないと思っていたところ、むしろ私の実家や故郷に喜んで溶け込み、母にとって嫁というより実の娘のようになり、そのおかげで私は研究と教育に専念することができました。妻にはまったく感謝のほかありません。
 私の文献的な歴史研究は名古屋大でスタートしましたが、皇學館大に勤めてから古代以来の伝統を体感することができました。とくに伊勢神宮で昭和48年に行われた第60回式年遷宮は、数年前の準備段階から完成後にい……

江戸期の万葉集 展示 新元号「令和」出典の書 足利学校、5月26日まで|社会,県内主要|下野新聞「SOON」ニュース…

2019/04/07 09:54
 足利市昌平町の史跡足利学校は6日、新元号「令和」の出典となった「万葉集」の江戸時代に刊行された書籍の特別展示を始めた。令和が1日に発表されたばかりとあって、展示ケースの周りは人だかりができていた。5月26日まで。展示コーナーは一般来場者は撮影禁止のため、典拠部分を拡大してパネルにした記念撮影コーナーも設けている。
 展示する万葉集は1805(文化2)年に版木印刷で刊行された全20巻の第5巻。同学校遺蹟(いせき)図書館に展示コーナーを設け、典拠となった「初春令月気淑風和(初春(しょしゅん)の令月(れいげつ)にして、気淑(きよ)く風和(かぜやわら)ぎ)」の一文を示し、解説を添えている。

銀座から発信日本の伝統芸能

2019/04/07 09:17
Japan In-depth編集部(小寺直子)
【まとめ】
・GINZA SIXで行われた薪能公演を500名が観賞。
・銀座から日本の伝統芸能を世界に発信したい。
・若い世代にも古典に触れる機会を。
【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て見ることができません。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=45092でお読み下さい。】
東京都中央区にある「GINZA SIX」の屋上ガーデンで薪能公演が行われた。薪能とは、野外に臨時設置された能舞台の周囲にかがり火を焚いて、その中で特に選ばれた演目を演じるものである。GINZA SIXには、地下三階に文化・交流施設「観世能楽堂」がある。この観世能楽堂は、能楽最大流派「観世流」の拠点であり、これまでも、無料で観覧できる「新春能 特別講演」を実施するなど、日本の伝統文化を世界に向けて発信する活動に積極的に取り組んでいる。
今回は、狂言 仏師 に野村太一郎氏、中村修一氏、能 吉野天人 に 観世流 山階彌……

「一片の落花の影も濃き日かな」(山口青邨)…

2019/04/07 08:23
 「一片の落花の影も濃き日かな」(山口青邨)。東京地方では、桜の見ごろは過ぎかけているといったところ。花の咲くのを待つ間のどきどきとした気持ちもいいが、散るのを心から惜しむ情緒も悪くはない。
 ふと来年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」を思い起こした。主人公の明智光秀の娘の細川ガラシャは、辞世として「散りぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ」という和歌を残している。
 基本的に「花」というのは桜を意味する。桜の花のパッと咲き、パッと散る姿は武士の生き方の象徴であり、戦国時代から安土桃山時代を生きたガラシャのこの歌の意味と重なっている。
 日本を代表する花の双璧(そうへき)と言えば、桜と梅ということになるだろうが、桜が日本古来の花であるのに対して、梅は中国からもたらされた外来の花。今では梅は日本の伝統文化に溶け込んでいる。
 俳句には季語があるが、無季の自由律俳句も近現代では詠まれるようになった。その代表的な俳人が種田山頭火と尾崎放哉(ほうさい)である。山頭火には、桜を詠んだ「さくらさくらさくさくらちるさくら」という句がある。「あすはか……

<ひと物語>藩校の価値を未来へ 弘道館事務所の主任研究員・小圷のり子さん(50)

2019/04/07 07:46
 高校時代から歴史が好きだった。興味があったのは西洋史で、大学でも専攻した。「日本史の勉強は高校一年生までだった」。弘道館で働き始めた二〇〇五年から、茨城大の鈴木暎一名誉教授の教えを受け、研究を重ねている。

樹齢140年シダレザクラ満開 鳥取

2019/04/07 07:18
 鳥取県の名木100選に指定されている極楽寺(倉吉市)のシダレザクラが見頃を迎え、参拝者を楽しませている。
 シダレザクラは樹高16メートル、幹周り2・6メートルで県内最大とされ、樹齢約140年。檀(だん)家(か)で同市伊木の地主だった涌嶋氏が、仙台からとりよせた苗木を境内に植樹した。淡いピンクの花を付けた細い枝が空から降り注ぎ、見応えがある。
 同寺は平安時代後期に建立された曹洞宗の寺で、安置する日光・月光菩薩立像は県保護文化財に指定されている。

【学芸員ミュージアム談義】茨城県立歴史館「花ざかり-描かれた春夏秋冬-」

2019/04/07 07:04
 ■四季折々の“お花見”を
 春です。あちらこちらでさまざまな花が咲き誇っています。お花見に行かれたかたも多いのではないでしょうか。
 お花見といえば桜ですが、新しい元号「令和」の出典とされている『万葉集』では、「花」といえば梅を指していました。『万葉集』で梅を詠んだ歌は約120首も載せられています。それが徐々に時代を経ると「花」=桜、となっていきます。『古今和歌集』では、「花」といえば桜を指すようになっていて、桜を詠んだ歌が70首以上あり、約20首の梅を上回ります。
 以来、日本では「花」というと桜を指すようになりました。そして、その後も人々の愛でる花は広がっていきます。大陸からさまざまな花が輸入されたり、品種改良が行われたり、花の種類も増えていきます。鎌倉時代には豪華で大きなボタンやシャクヤクが好まれ、江戸時代には園芸文化が広がり、さまざまな変わった形の朝顔が登場しました。
 茨城県立歴史館で今月20日(土)から開催される「テーマ展I茨城県立歴史館名品展 花ざかり-描かれた春夏秋冬-」では、四季折々の花をテーマに、さまざまな作品に描かれた……

花見の席に江戸料理 日光江戸村でイベント

2019/04/07 07:02
 江戸の街並みを再現したテーマパーク「江戸ワンダーランド日光江戸村」(日光市柄倉)で、情緒ある江戸時代の花見を再現した「江戸ワンダーランド歳時記 春の宴~江戸の花見」が開かれている。14日まで。期間限定オープンの「竈屋(かまどや)」で料理研究家、冬木れいさん考案の本格的な春の江戸料理を提供している。
 同園によると、江戸の料理書には「桜煎(さくらいり)」「桜煮」「桜膾(なます)」など桜にちなんだ料理名が登場しており、これらはタコ料理。ゆでたタコが薄紅色になり、小口切りにして煮ると縮れて花の形を連想させることから江戸っ子に好まれた。同店ではこれらに彦根藩ゆかりの牛肉のみそ漬け「反本丸(へんぽんがん)」の串などを加えた特別料理「桜膳」「八重桜膳」を提供している。
 園内のお堀沿いのソメイヨシノは三分咲き程度。来週は見頃を迎えそうだ。近くの花見茶屋で土日曜限定の「花見弁当」を各日50食販売しており、江戸町民になりきるスタッフ、お富さん(45)は「花形は卵焼きとかまぼこ。当時は高価なものだった。タコはイモと相性が良く、長芋はシャクシャクしておいしい」と説明。おゆ……

江戸時代に天皇も京都御所で象を見物していた 『享保十四年、象、江戸へゆく』

2019/04/07 07:00
 そこのけ、そこのけ・・・というのはお馬さん。こちらはもっとすごい。江戸時代に海の向こうから巨体の象がやってきた話だ。『享保十四年、象、江戸へゆく』(岩田書院)。タイトルから「のっし、のっし」という重々しい動きと地響きが聞こえてくる。思わず手に取ってしまった。
7歳の牡象と5歳の牝象 五代将軍綱吉はイヌを大事にしたそうだが、八代将軍はゾウに興味を持ったのか。はるばる海を越えて来日したのは吉宗の時代、1728年のことだ。
 本書によれば、江戸幕府が1726年12月、「東京船」の船主・呉子明という人物に象を日本まで届けるように要望した文書が残っている。その後、呉から返事が届く。通訳によれば以下の内容だった。
「象の子を引き連れて来れるかとのお尋ねですが、この獣はシャムが産地であり、中国の諸省にはなく、もし引き連れて来いと仰せでしたら、私が引き受けて参りましょう」 象一頭は牛10頭の大きさがあり、大船を仕立てる必要がある、そのために銀百貫目余りの金がかかるなどコストを示している。交渉が成立したのだろう、28年6月13日、唐船が7歳の牡象と5歳の牝象を乗せ……

<羅針盤>新年号「令和」に込められた平和への願いを、各国と協調し実現したい―立石信雄オムロン元会長

2019/04/07 06:42
新元号は「令和」だった。生前退位に伴う改元だったためか、事前にテレビ、新聞、雑誌、インターネットなどで大きなフィーバーが巻き起こり、筆者も事前にあれこれ予想していたが、「令」は意外な漢字だった。
万葉集巻五、梅花の歌の項の序文が出典だという。表記は漢文で、読み下せば「初春の令月にして気淑(よ)く風和(やわら)ぎ」。新年に人々が集まり、すがすがしい気持ちで梅の花をめでる歌をよむ。奈良時代の宮廷歌人たちの新年を迎える、うきうきした気分がよく伝わってくる。
令の字は「命令」を想起し、一瞬ギョッとしたが、令夫人、令嬢、令息などと使われ、「佳き」という意味もある。新年号には平和でいい時代になるように、という願いが込められていると思う。
従来の漢籍ではなく初めて日本の古典から引いたと謳われたが、東アジアにおける文化交流を象徴する国際的な2文字とみることもできよう。「令月」はもともと漢籍にあり、梅の花を愛でる習慣も大陸から渡来した。万葉集と中国の古典文化の間には不可分の関係があり、万葉集が中国の古典文化を源とする影響は否めない。大陸の漢字を輸入し、それを変形して……

「戦艦大和」特攻を「思い付きの作戦」と痛烈批判した副砲長の無念(神立 尚紀)

2019/04/07 06:06
「これまでも出撃するときは生還を期していなかったし、戦況から半ば予想していたことではありましたが、電文にある『特攻』の二文字が、異様なまでに目に焼きつきました。同じ特攻でも、飛行機のほうは建前として『志願』ということになっていましたが、この海上特攻は否応なしの至上命令、『大和』だけでも3000名以上の乗組員がいるわけです。しかし、どういうものか悲壮な気分にもなれず、祖国の安危急迫のとき、一億特攻のさきがけとして『大和』と運命をともにするのは本望、何も思い残すことはない、と覚悟を決めました」
前甲板に整列した全乗組員に、有賀艦長は、
「出撃に際し、いまさら改めて言うことはない。全世界が我々に注目するであろう。ただ全力を尽くして任務を達成し、全海軍の期待に添いたいと思う」
と訓示した。清水さんの回想――。
「飛行機の護衛のない艦隊が、敵地に乗り込んで行ったらどうなるか、これまでの戦訓からも明らかです。私たちも無事に沖縄へ着けるとは思わない。しかし、もし万が一、天候が悪かったりして、敵機の攻撃を受けずにたどり着くことができたら、命令通りに撃ちまくる……

ゆかりの太宰府にぎわう 新元号公表から初の週末 出典の「万葉集」写本も展示

2019/04/07 06:00
 新元号「令和」が公表されて初めての週末を迎えた6日、新元号ゆかりの地として注目を集めた太宰府市の大宰府政庁跡周辺には多くの観光客が訪れた。好天にも恵まれ、見頃が続く桜の花見客も多く詰めかけて終日にぎわった。
 令和の典拠は万葉集で、大伴旅人(おおとものたびと)が開いた「梅花の宴」で詠まれた歌の序文が由来となっている。
 政庁跡東側の大宰府展示館には「梅花の宴」のジオラマがあり、その優雅な雰囲気を一目見ようと人だかりができた。平安時代の貴族の宴席料理を再現した「饗宴(きょうえん)の膳」(模型)や、「令」と「和」の文字が使われ、新元号の基となった万葉集の写本などもスタッフが追加して展示。万葉気分をさらに味わえるように演出を凝らしている。
 島根県松江市から家族で訪れた公務員、森脇貴志さん(44)は「往時をしのぶことができました。充実した展示で料金を取ってもいいぐらい」と大満足。館を運営する古都大宰府保存協会はこの日、ボランティアの史跡解説員20人に協力を依頼して対応した。
 旅人の邸宅跡の説がある近くの坂本八幡神社も、参拝客が途切れることはなか……

「令和」額縁持って万葉行列の衣装を 越前市で試着体験

2019/04/07 05:09
 国内最古の和歌集「万葉集」にゆかりのある越前市味真野地区の「あじまの万葉まつり」を五月に控え、メインの万葉行列で着用される衣装が、同市余川町の万葉館で展示されている。一部は試着体験ができ、万葉集が典拠となった新元号「令和」の額縁を持って記念撮影もできる。無料。

国家と法の支配と民主主義、フクヤマが描く人類興亡史

2019/04/07 05:00
 本書の前作『政治の起源』(上・下)で、フクヤマは政治が機能するには三つの政治制度、すなわち「国家」、「法の支配」、「政府の説明責任」が整い、これらがある種の均衡を持たなければならないと主張した。
 彼の見解では、この三つにも優先順位があり、実効性のある強力な国家機構、次いで法の支配、民主的説明責任に基づく抑制の制度という順となる。今回の『政治の衰退』では、欧州、北米、アフリカ、中南米、東アジアなどの政治制度を三つの視点で分析していく。行き着く結論は、近代的国家制度に到達するには幾つもの経路があるということである。
 フクヤマの評価が高いのは、東アジアだ。中国、日本、その他の東アジア諸国は西洋諸国と接する前に、強力な近代国家制度をつくり上げた。東アジアにおける政治的発展の原動力は法の支配ではなく、国家制度であった。特に、日本は、江戸時代(徳川期)にすでに強靭な国民意識を持っていた点、競争率の高い試験でふるいにかけられた官僚による統治機構が整備されていた点、そして戦争によってそれが鍛え上げられた点など、肯定的な評価が多い一方で、官の自律性が凶暴となって戦争……

上杉謙信は女!? 東村アキコが漫画『雪花の虎』に込めた宝塚舞台化への野心

2019/04/07 05:00
『雪花の虎(ゆきばなのとら)』は、東村アキコによる歴史漫画である。主人公は上杉謙信(1530~78)。ただし女性。「謙信は女だった」という仮説を立てて構築した作品だ。おそらく「雪」は越後を、「花」は女性を、そして「虎」は謙信を表しているのだろう。謙信は法名で、幼名は虎千代、元服後は景虎、そして関東管領上杉氏の養子となり、政虎、輝虎と改名するが、いずれも「虎」の文字が入る。
 娘に虎千代と名づける親がいるか、とも思うが、男子を熱烈に欲していた父、長尾為景が、生まれた娘を男子として育てるために虎千代としたという設定で物語は始まる。
 男女を引っ繰り返した歴史漫画といえば、よしながふみ『大奥』(白泉社)がよく知られていて、本欄でも紹介したことがある(「漫画『大奥』が描く男女逆転の世界、キャラ立つ女将軍らに釘付け」。これは江戸時代に男だけが感染し、発症するウイルスで男が絶滅の危機に陥り、すべての権力者が女に置き換わるという仮想の物語だ。将軍、老中、側用人はすべて女、反対に大奥はすべて男という倒錯した設定による長編漫画である。史実を踏襲しているので、読者は男女逆転……

奈良)法隆寺で秘宝展 史料や仏像146点を特別公開

2019/04/07 03:00
 法隆寺(斑鳩町)で、普段は公開されない宝物を中心に展示する秘宝展「保管宝物の特別公開」が開かれている。寺に伝わる仏像や史料など、国重要文化財59点を含む146点を展示する。春季は5月31日まで、秋季は9月22日~11月30日。
 2001年春、聖徳太子の1380年忌を記念して始まり、毎年春と秋に開催している。
 7年ぶりに展示される孔雀明王像(くじゃくみょうおうぞう、国重要文化財)は、毒蛇を食べるとされる孔雀を神格化したもの。怒っているような表情の明王が多い中、おだやかな表情が特徴だ。
 十六羅漢図(室町時代)は、仏…

【御朱印巡り】新潟「白山神社」 開港150年の湊町を静かに見守る

2019/04/07 02:00
 元号が改まる今年は、開港から150年を迎える新潟にとっても節目の年だ。日本最長の大河、信濃川のそばにある白山神社(新潟市中央区)は、「湊町・新潟」の町並みを今日まで静かに見守ってきた。
 白山神社が建立されたのは10~11世紀ごろとみられているが、正確な年代は分かっていない。というのも、戦国~安土桃山時代に2度の火災に遭って、史料が焼失してしまったからだ。一方、戦国大名の上杉景勝(1556~1623年。上杉謙信の養子)が鏡を寄進した記録が残っていることから、当時も広く知られていたことが分かる。
 同神社のご祭神は、菊理媛大神(くくりひめのおおかみ、白山大神)。日本三名山として知られる白山(石川県)の山頂で祭られている女性の神様だ。縁結びや安産などに御利益があり、歯の健康も守ってくれる神様でもあるという。これは、「白山」という言葉が語呂合わせで「歯苦散(はくさん)」、すなわち「歯の苦しみが散ずる」という意味にもなるためだ。