“趣味は古典を熟読すること”長野県伊那郡松川町在住の…|真夏が旬!?季語は秋?癒しの健康食材 冬瓜 をもう頂…|8月14日付編集日記 宇宙からの視点|他

真夏が旬!?季語は秋?癒しの健康食材「冬瓜」をもう頂きましたか?

2019/08/14 11:33
「冬瓜」は、開花後45日程度の完熟した実を収穫するのが一般的ですが、開花後25~30日のものを若どりする方法もあります。完熟果は、表面のうぶ毛が少なくなり、白っぽく粉をふいたようになったら収穫適期です。
表面のうぶ毛は鋭いので、果実をさわるときは、厚手の手袋などをはめて作業します。熟すと淡緑色の外皮が白い粉を吹きます。皮が白いろう質の粉ににおおわれた頃から食べごろが始まりますよ!スーパーでは、すでに食べごろのものを半分にカットして売っていることも多いかもしれませんね。
ワタはスプーンでくり抜くと、取り除きやすいです。種、皮、わたにも重要な栄養があるため、スープなどは一緒に煮込み、途中で取り出します。実はあんかけなどの煮物、みそ汁やスープ、サラダでいただきます。
皮の農薬が気なる場合は、カットする前に重曹水に丸ごと30分ほどつけておくといいですね。
江戸時代には庶民の食べ物として出回り「かもうり」とも呼ばれていたようです。冬までもつ「冬瓜」は貴重な食材だったことでしょう。

【8月14日付編集日記】宇宙からの視点

2019/08/14 09:02
 江戸時代に活躍した会津農学の先駆者佐瀬与次右衛門は、「をこたらず作りの場を見て廻れ 先だつ事を励む為也」と詠み、農家の心得を説いている。田畑を見回り、農産物の管理に心を砕く農家の姿は時代を超えて受け継がれている
 ▼与次右衛門は著書「会津農書」で多彩な稲作技術を記している。天気の変化に応じた田んぼの水調整、稲の生育に合わせた肥料の配分など技術の項目は多く昔から農家は忙しかったことが伝わる
 ▼県は今月、人工衛星で撮影した田んぼの画像を使った稲の生育管理システムの試験画像を公開した。人手不足の農家を支援するため、県と航空測量会社が連携、衛星画像を分析し農家の田んぼ管理に活用してもらう
 ▼システムでは画像の稲の色などを解析し、田んぼを稲の生育状態別のエリアに分けて表示する。肥料の追加場所や稲刈り時期推定などに役立てコメの品質向上を図るほか、画像をスマートフォンなどで確認し、田んぼ見回りの省力化につなげる
 ▼システムは来年度の完成を目標に県内2カ所を拠点に開発が進む。農家が汗を流す田んぼの管理に宇宙からの視点を組み入れることができれば、本県の良質なコメ作りの技術は、さらに磨きがかかる。

江戸に学ぶ 和の夏 令和の川遊び:TOKYO発(TOKYO Web)

2019/08/14 08:14
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かつて「平壌」にあった「妓芸学校」とは? 『芸者と遊廓』

2019/08/14 07:00
 本書の『芸者と遊廓』(青史出版)というタイトルを見て、身を乗り出す数寄者がいるかもしれない。芸者はともかく、遊廓の方は1957(昭和32)年施行の売春防止法で姿を消した。ひょっとしてその後の裏面史でも出てくるのではないかと。
 残念ながら本書はそうした「期待」には応えられない。今はなき遊廓のノスタルジア本ではないからだ。
分厚い研究書 お値段も8000円+税と高い。文字も小さく、しかも分厚い。500ページ近くもある。テーマは「芸者」「遊廓」と世俗的だが、いわゆる研究書なのだ。
 目次をながめると、「1、上方の芸舞子」「2、江戸の踊子」「3、江戸の芸者」「4、地方の芸者、芸子、舞子」「5、水揚げ」「6、明治期の芸妓」「7、芸娼妓等解放令がもたらした影響」「8、女紅場」「まとめ 芸妓と娼妓を分けるもの」と続く。
 「上方」「江戸」という区分けからもわかるように、江戸時代にさかのぼり芸者の歴史をたどっている。昭和の売春防止法の記述はほとんど見当たらず、明治5年の「芸娼妓等解放令」に関する部分が特に多く書き込まれている。
 著者の宮島さんは1946年生まれ。京都大学文学部、同大学院を卒業。文化庁の主任文化財調査官、九州国立博物館副館長などを経て2011年に山形大学大学院教授を定年退官している。博物館、美術館業界ではよく知られた人だ。……

Nagano Nippo Web » 縄文人自宅で親族供養? 辻屋遺跡調査

2019/08/14 06:00
縄文人は自宅で亡くなった親族を代々供養していた―。こう推定するのは茅野市尖石縄文考古館の前館長鵜飼幸雄さん(65)=同市=だ。昨年、同市湖東の辻屋遺跡の住居跡の発掘調査で、時代が異なる地層の中からそれぞれ多くの土器片が見つかったからで、住居内に埋葬した縄文人は、代々“住居墓”上に土器を置いたり土盛りを繰り返した―と考えられるとする。
縄文時代中期前半(5000~4000年前)の遺跡だが、発掘調査に携わった鵜飼さんは「先祖を敬う気持ちは現代人も縄文人も変わらない」としている。
同遺跡からは住居跡2棟分が出土した。その一つからは大量の土器が見つかり、しかも年代の異なる土器片が、時代の異なる地層に沿う形で発掘された。深さ約50センチの住居床からは小さな非日常的な土器が出土。最も時代が新しい地表面側からもこの時代に作られた形式の土器が見つかったという。
なぜ時代が異なる土器が土中で重なるように見つかったのか?。鵜飼さんはこう見る。
病気や災害など不慮の出来事で亡くなった縄文人は、 このとき住居内の土床の上で埋葬された。亡骸には土が盛られ、その後も、子、孫…らが供養(埋葬儀礼)し、その度に覆土して土器を置いた(もしくは土器を置いて覆土した)―。だから住居が土で埋まり土中の深い場所や浅い場所からも土器片が出たとする。
縄文人の骨は見つかっておら……

「送り主の親族にはがき返したい」 上海から届いた軍事郵便

2019/08/14 05:30
 「もうお盆やろ。魂だけでも古里に帰れたらなあ思って」。そう言いながら、兵庫県三田市の梶田源一郎さん(81)が見せてくれたのは4枚のはがき。黄色く変色した表面には、赤色で「軍事郵便」の文字。差出人は中国の上海にいた4人の兵隊で、いずれも送り先、源一郎さんの叔母・とめ子さんだ。戦争中、小学生のとめ子さんが戦地の兵隊に送った手紙の返事という。はがきを送り主の親族に返したいという源一郎さん。心当たりのある方はいませんか?(山脇未菜美)
 軍事郵便は8月上旬、源一郎さんが父から受け継いだ江戸時代のたんすを整理していて見つけたという。
 1932年(昭和7年)4月の消印で、有馬郡の三田尋常高等小学校高等1学年(現在の小学5年)だったとめ子さん宛て。当時は満州事変を経て日中の緊張感が高まる中、日本軍と中国軍が中国・上海で衝突した「第一次上海事変」(同年1月28日~)が落ち着いた頃だ。兵隊を励ますため、学校で手紙を書いて送った「慰問文」の返事という。
 「大日本帝国萬歳!」「貴女の御便りを見て私も一層奮闘します」
 検閲があったためか悲壮感はなく、簡単な近況を知らせる文面がほとんど。それでも、「揚子江の流れと洋館を眺めあきて、近ごろ鏡に向かって静かに髭を剃りながらあなた方の事やふるさとの事を考えてゐます」などと生活に余裕が出てきた様子もうかがえる。……

和合の念仏踊り、激しく 阿南:長野

2019/08/14 05:09
松本城にぎわう、天守への入場制限も 午前10時に入場90分待ち (8月14日)ゼロ戦搭乗員・故原田要さんのドキュメンタリー上映 長野(8月14日)和合の念仏踊り、激しく 阿南(8月14日)夜行性動物の活動観賞 長野・茶臼山動物園、閉園時間延長し催し(8月14日)山の日、緑に響く歓声 県内各地でイベント(8月12日)北アの厳しさ、収益確保できず 信越新道、140年前の挑戦(8月12日)消毒や防護柵に補助 県が豚コレラ緊急対策(8月12日)食料提供や相談会、生活困窮者を支援 松本で「きずな村」(8月12日)ブドウ盗難、見回りで防げ 松本、JA青年部山辺支部(8月11日)夜空に3700発さく裂 松本・すすき川花火(8月11日)

「台風」は明治以降の新しい呼称!? その前は何と呼んでいたでしょう?

2019/08/14 04:00
台風は「北西太平洋または南シナ海に存在する熱帯低気圧のうち、低気圧域内の最大風速がおよそ17m/s(34ノット、風力8)以上のもの」を指す呼称です。 それ以前の呼び名には諸説ありますが、太平洋北西部で発生する熱帯低気圧を指す「typhoon」が明治末期に「颱風」と日本語で表記されるようになり、1956年に制定された「同音の漢字による書きかえ」にともない現在の「台風」になったとされています。 さらにさかのぼると、11世紀初頭の『枕草子』『源氏物語』などでは、別の呼称が用いられているのですが…。